新潟白根総合病院 外科 仲野 哲矢
田舎生まれの私は幼いときから昆虫から爬虫類に至るまで、飼えるものはすべて飼った。夏になると玄関先にはところ狭しと昆虫ケージが並び、当然のごとく母や祖父母からは嫌がられていた。サッカーや野球よりも、一人近くの神社で昆虫相手にガリバーになるのである。
特にアリに関しては極めて強い興味があり、何故あんなに小さな生き物があれだけの巣を構築することができるのか不思議で仕方なかった。そこで何とかケージの中でアリの世界を構築したいと思い毎日アリの巣を掘っていたのである。もちろんアリ達も、ものすごい勢いで抵抗し私に噛みつくのだが気にも止めずに掘っていた。しかし女王アリは、かなり深い場所にいるので見つけられなかった。女王アリGOは断念せざるをえなかったのだ。そのため働きアリや羽アリ、幼虫や卵を採集してはケージの中で飼うことになった。
不思議なことに彼らは女王アリがいなくとも、自分達の仕事を着実に行い、巣を構築する。本能と言われればそこまでであるが、誰も指令するものもいない中で、卵や幼虫の世話をし、命をつないでいく。
以前、アリの世界でも2割は働かないという報告があり人間社会と似通っていると揶揄されたことがあったが実際は違うようだ。最近では、全体の数が減ってきたときの予備軍であることが指摘されている。厳しい自然界で生き抜くには、危機対応に特化した予備軍が必要と言うことだろう。実際、予備軍も危機的状況ではしっかりと働くらしい。危機管理能力においても人はアリにすら及ばないのかもしれない。
今でも同級生には「お前、将来アマゾン川で新種の昆虫を見つけるって言ってたな」と笑われるが、昆虫の世界には人間が忘れてきた「生きる」ことへの本来の意味が隠れている気がする。地球が誕生してから幾度となく生命の危機を克服してきた歴史が語りかけるのかもしれない。
小学生だった頃の私はアリや昆虫にとって暴君ガリバーであったが、彼らを通じて感じてきた経験が「生きる」ということの私の根幹に重要な影響を及ぼしている。私にとって地中深くに潜んでいるタカラモノは何であるか、まだ分からない。しかし、いつか、タカラモノGO、である。
(平成28年9月号)