新潟脳外科病院 麻酔科 渡辺 幸之助
麻酔科医は、パイロットに例えられることがあります。麻酔導入と抜管が、離陸と着陸に似ている。麻酔ガスが燃料であり、麻酔器がコックピットである。それを、麻酔科医が自由に操る。これらが理由です。第22回日本静脈麻酔学会で、医学部を卒業後に麻酔科研修をされ、航空会社の機長になられた方が航空機の安全性について講演をされました。私も航空機が好きで参加しました。その後、私は航空機好きが高じて、航空特殊無線技士の資格を取得しました。
ここで、麻酔と航空機の安全性について比較をしてみます。航空機は2人で操縦しています。麻酔は1人で行います。航空機では一方の操縦士が他方に話しかけ、返事が無かったら死亡しているとみなすそうです。麻酔もこれくらい厳しく行えば安全になるのでしょうが、無理な話です。航空機は、軌跡が保存され、会話も録音されます。麻酔も、電子麻酔記録装置が普及し正確に記録されるようになりました。航空機の無線は、3系統以上あります。麻酔中の酸素供給や電源も複数で管理しています。航空機は一定の間隔が空かないと、離着陸ができません。麻酔は、同時となることがあります。航空機には、航空衝突防止装置があります。麻酔にも入室制限を行う装置があってもいいかもしれません。航空機は安全に飛行している時、非常用の周波数を受信しています。全ての航空機が緊急時に備えて受信しています。これは、病院の一斉放送が該当するかもしれません。航空機は、運行状況が幾重にも監視されています。空港、航空交通管制、自衛隊、米軍、想像がつきません。麻酔は、モニター室で他の麻酔科医が監視することがあります。また、複数の麻酔科医が勤務する病院では互いに協力します。しかし、麻酔科医が1人の病院も多いです。この点が、航空機と比べた場合の大きな違いだと思います。
航空機は航空管制に支えられ、管制官の許可無しには離着陸ができません。離陸後は、自動操縦となります。麻酔も、導入後は人工呼吸器が作動します。飛行中、航空機は管制官と連絡を取り、チェックポイントを通過します。そして、空港が近づくと着陸を管制官に要求します。大学病院の麻酔システムも形式的には似ていますが、本質が違います。航空管制は、御上です。
やはり、麻酔科医はパイロットなのでしょうか。私は、執刀医がパイロットであり、麻酔科医は管制官に近いのではないかと思います。手術の開始と終了が離着陸であり、バイタルサインのチェックと麻酔深度の調整が航空管制ではないでしょうか。管制官は、安全で効率の良い経路で航空機を目的地へ導きます。麻酔科医も、術中覚醒や覚醒遅延を起こさないように抜管へ向かいます。しかしながら、空港が混んでいると着陸ができず、航空機は旋回をします。手術終了が重なると、麻酔科医も抜管をお待ちいただくことがあります。ご容赦ください。
2009年1月15日USエアウェイズ1549便が、ハドソン川に不時着水事故を起こしました。カナダガン(鳥)の大群による両側エンジンバードストライクが原因で、飛行高度の維持ができなくなったそうです。実話を元にした映画「ハドソン川の奇跡」では、パイロットと管制官のやり取りが、リアルに描かれています。手術でも緊迫することがあります。しかし、1羽の鳥を見かけただけでは、執刀医と麻酔科医の感じ方には温度差があるかもしれません。私は、1羽の鳥の陰には100羽の鳥がいると思っています。うるさい麻酔科医(管制官)であると思いますが、執刀医(パイロット)の先生方、よろしくお願いいたします。
(平成29年2月号)