総合リハビリテーションセンター・みどり病院 矢島 隆二
藤井聡太四段が29連勝し、棋界の歴代新記録を樹立されたことは記憶に新しい。コンピュータ将棋ソフトの性能が棋士を凌駕したという指摘もある中で、人間同士の棋戦でしか得られない感動というものを改めて感じる。
パチン。娘が盤面に打つ駒の音である。小学生の長女が最近将棋を始めた。親ばかながら、次の手を黙考している姿はなかなか様になっていると思う。自分も小学生の頃に父や祖父から将棋を教わった。父は容赦なく私を叩きのめし、勝負の厳しさを教えてくれた。祖父は私を優しく指導し、勝負の楽しさを教えてくれた。しばらく将棋を指すこともなく過ごしていたが、娘のおかげでまた指す機会に恵まれた。ちなみに妻も最近将棋に興味を持ち始め、目下のところ長女と互角の白熱した棋戦を繰り広げている。現代らしく、我が家もタブレットを使っての将棋も指している。旅行先などでは駒も要らず重宝している。ただ、出来れば娘には実際に駒を指す楽しさをこのまま忘れずにいて欲しいと思う。素人の意見であることは重々承知しているが、実際に見る盤面の景色は液晶画面とは違うものだと感じている。家族で、ああでもない、こうでもないと言い合っている時間は楽しいものである。娘を前にして、当時の父親や祖父に想いを馳せる。そして、幼少期の懐かしい思い出と、決して負けたくないという父親としての意地が混じった幸せを噛みしめている。三人で遊んでいると、二歳の次女が突如盤面を乱してしまうことがある。きっと構ってほしいのだろう。時々駒を並べて遊んでいることもある。そんな次女の姿を微笑ましく思う。
神経内科医として、もの忘れ外来診療に携わっていると、悲壮な表情で「脳トレに励みます」とおっしゃる方がいる。そのような時は「修行ではないので、楽しみながら続けられることを見つけていきましょう」と伝えるようにしている。将棋もまた、その選択肢の一つになろう。
(平成29年9月号)