副会長 広橋 武
日本では、1年間に2,500人以上が子宮頸がんによって死亡し、上皮内がんを含むと年間17,000人以上が罹患している。さらに、近年若年層での子宮頸がん罹患、死亡が増加する傾向があり重大な社会問題となっている。
しかし、頸がん発症の原因はすでに解明されており(1983年)、頸がんは治す病気ではなく予防する病気であることはすでに世界では常識になっている。そして発症の原因であるHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染を防ぐためのHPVワクチンは2006年に完成し、他の先進国にはかなり遅れて日本でも2013年4月に定期接種化された。
世界でのワクチン接種状況をみると、サーバリックス(2価ワクチン)、ガーダシル(4価ワクチン)いずれのワクチン製剤も、世界100以上の国または地域で承認されており、両ワクチン合計で約3,513万人(2013年6月時点)と数多く接種されている。
しかし、残念なことに日本では定期接種化された2か月後、主に10代の被接種者より接種後に全身に痛みが出るなどの報告が相次いだため、ワクチン接種の積極的な勧奨が中断されてしまった(定期接種化は継続されている)。
国内における副反応、主に複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome:以下、CRPS)の発症が報告された状況に対して、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、機構)は安全対策の必要性等について検討を行った。機構によると、2013年4月〜2013年6月30日までに副反応として報告された症例は推定接種者数328万人中56例。そのうちCRPSとして報告された症例は8例であった。報告された8例の症例ごとに、CRPSと診断されるかについて専門委員に意見を求めた結果、5例については典型的なCRPSと一致せず、ワクチン接種が直接関与しているとは考えにくいとの結論になった。また、失神・意識レベルの低下、感覚麻痺、四肢痛、疼痛の症状を来す機序として、ワクチンの主な接種対象者が思春期の女性のため、血管迷走神経反射などによる身体表現性障害の関与が考えられ、今後さらに病態を検討していく必要があると提言された。
WHOのワクチンの安全性に関する専門委員会(GACVS)でも、日本におけるワクチン接種後のCRPSやその他の慢性疼痛をきたしたとする報告について検討を行った。その後2014年3月に、全世界に向けて「HPVワクチンの安全性に関する声明」を発表した。その声明の最後に、「生物学的実証や疫学的実証がなく信頼性に乏しい意見や報告に基づき、ワクチンの危険性が主張されていることを憂慮している。(中略)不十分なエビデンスに基づくワクチンの危険性に関する主張は、安全で効果的なワクチンの使用を中止することに繋がるなど、真に有害なものとなり得る」とまで断言している。
新潟市においては、2010年4月より12歳から16歳の女性に対して全額公費にてワクチン接種が行われるようになった。初年度は11,428名(対象者数の85%)であったが、2014年度には89名と激減している。幸い、重篤な副反応はおこっていない。ワクチンの被接種者は若い女性であるので、本人にはもちろんの事、同伴の母親に対しても、ワクチンを接種する目的、若い年齢で接種することの重要性及び接種部位に強い痛みが生じ易いことについて、十分な説明を行う事が重要である。そして注射の際には、緊張によって血管迷走神経反射が起こりやすいので、ベッドなどで横になってリラックスした状態で注射するなどの配慮が必要と考えられる。
副反応と思われる症状があった場合は、新潟大学医歯学総合病院産婦人科が窓口になり、小児科、麻酔科と協力して対応する体制が構築されている。
さらに、新潟市及び新潟市医師会会員の協力により、新潟大学産婦人科、榎本隆之教授と関根正幸准教授による“HPVワクチンの有効性と安全性の評価のための大規模疫学研究”(厚生労働科学研究委託費)が進行中であり、この研究結果が期待される。
子宮頸がん罹患者の若年化傾向は止まる気配を見せず、国立がん研究センターのデータに基づくと、生殖年齢における発症率は、1980年に全体の約15%であったが2010年には約60%を占めるまでになっている。結婚や出産を諦める悲劇が現実に起きている。ワクチン接種によって、大きな確率で悲劇を回避できるにもかかわらず、多くの女性達がその機会を活用できずにいるのは、医師として非常に無念である。一刻も早く問題が解決し、唯一のがん予防ワクチン接種の積極的勧奨が、再開されることを願う。
(平成27年9月号)