副会長 永井 明彦
新年明けましておめでとうございます。本年も新潟市医師会の活動へのご理解とご協力をお願い申し上げます。今年は診療報酬が改定され、全体としては8年ぶりのマイナス改定となります。来年4月には消費税が10%へ増税されますが、医療に関しては軽減税率の適用はなく、医療機関には厳しい冬の時代が到来しそうです。
さて、新年からはマイナンバー(MN)制度の運用が開始されます。MNは「行政手続きにおける特定の個人を識別する番号」として昨年10月に国民全員に付与されました。国の悲願である「国民総背番号制」のスタートです。政府が国民に付与するならマイナンバーでなく、ユアナンバーでないのかと半畳の一つも入れたくなりますが、行政サービスが効率化すると言われても国民にとってどのようなメリットがあるのか判然としません。「住基ネット」の失敗に懲りて国もマスコミを総動員して利便性をPRし、政府与党だけでなく野党も賛成しているのでMN制度は定着しそうです。会員の先生方も従業員やその扶養家族のMNを安全に管理する必要があります。本会誌534号(昨年の9月号)に掲載された「クリニックにおけるマイナンバー制度の概要と対応」をご参照下さい。
MN制度は当初は社会保障・税・災害対策に利用が限定されますが、2018年からは預金者の銀行口座と任意で紐付けされ、クレジットカード機能が付き、普及次第では付番が義務化されます。MNと預金口座を紐付けすることは税務当局の悲願で、金融資産を把握し最終的に「財産税」を掛けることが目的です。取り敢えずは行政が個人の預金残高や資産内容を調査して、社会保障制度の負担金決定や税務調査に利用することになりますが、預金高や資産を把握して脱税防止可能かというと、休眠口座や海外への口座移設などの手段があり、脱税は完全には防止できないようです。国民所得が増えず国民負担率が4割を超える現在、所得に課税しても税収増は望めません。一方で増加し続ける個人の金融資産に課税するのは合理的で公平ではありますが、「完全なる徴税社会」が実現すればプライバシーは無くなり、空怖ろしい気がします。
35年前に米国立癌研究所でvisiting fellowをしていた際、米国の共通番号である社会保障番号social security numberを貰ったことがあります。カードには顔写真等本人を識別する情報はなく、Do not carry it with you.と書いてありました。米国では長い運用の歴史の中で“なりすまし被害”が年間500億ドルにも上り、米国防総省は軍関係者の社会保障番号を独自番号に切り替えたほどで、社会不安番号social insecurity numberと揶揄する向きもあります。G7の先進国で個人番号制度があるのは米国とカナダだけですが、番号の取得は任意で日本のように強制ではありません。テロ対策として始まったイギリスの国民IDカード法もテロ予防効果や費用対効果がないために廃止され、女王が国民IDカード法は人権侵害だったと議会で国民に謝罪しました。ドイツは先の大戦の反省から共通番号制度は憲法違反の「人格権の侵害」だとして、フランスと共に戦後は採用していません。
お隣の韓国はMN制の先進国ですが、行政手続きの効率化というより北朝鮮のスパイ摘発など保安上のニーズから住民登録番号制度が始まりました。行政のみならず民間の多くの個人情報が紐付けされたため、運用当初から盗用リスクが心配されていましたが、案の定、中国人ハッカーがセキュリティの薄い民間のサイトから政府のシステムに侵入し、大統領の個人番号も含む国民の7割を超える番号と個人情報が漏洩してしまいました。あらゆる情報が紐付けられ、個人のプライバシーが丸裸にされた「監視国家」韓国は、皮肉なことにMN制が成りすまし詐欺などの犯罪の温床となっています。
医療の分野で我国のMN制度はどのように利用されていくのでしょうか。既に特定健診や予防接種履歴が紐付けされることが決定しており、MNに健康保険証の機能を持たせ、電子カルテの医療情報を紐付けすることも検討されています。病歴や医薬品の使用履歴などの究極の個人情報は、保険会社や健康産業にとっては喉から手が出るほど欲しい情報です。特定健診でメタボと診断されれば、医療給付が制限され、生命保険料が高くなるかも知れません。さらに将来、個人の遺伝子情報が紐付けされれば、結婚や就職にも影響し、差別や人権侵害、ひいては優生医療にも繋がりかねず、日医はMNとは別の医療分野専用の番号(医療等ID)が必要だと主張しています。
昨年5月に日本年金機構から個人情報が流出し、年末には大量の健康保険証情報が漏出するなど、我国の官公庁・団体・企業はセキュリティ対策が甘く、サイバー攻撃や職員の不正によりMN情報が漏洩するのは避けられないように思われます。世論調査では国民の8割が情報漏洩の不安を感じると答え、個人番号カードの交付申請者は今の処14%程度に過ぎません。日本のMN制度は動き出したら止まらない典型的な公共事業で、享受するのはIT産業だと多くの国民は見抜いているのでしょう。決して韓国と同じ轍を踏まないように我国のMN制度の行く末を注視していく必要がありそうです。
最後になりますが、今年も藤田会長の下、執行部は一丸となって医師会活動に邁進していく所存です。会員の先生方のご支援ご鞭撻のほどをお願い申し上げ、年頭のご挨拶といたします。
(平成28年1月号)