副会長(在宅医療推進センター長) 永井 明彦
新年明けましておめでとうございます。新潟市医師会では藤田一隆会長の下、“強い医師会”を目指し、本年も執行部と事務局が一丸となって鋭意努力していく所存です。会員の先生方には今年も当医師会の事業や活動に対して、ご支援ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
団塊の世代が後期高齢者になる2025年を見据え、全国で地域包括ケアシステムの構築と整備が急がれています。当医師会でも地域包括ケアシステム構築のため一昨年11月に「在宅医療推進センター」を設置し、活動を開始しました。年頭にあたり、地域包括ケアや在宅医療への当医師会の取り組みで重要な役割を担う「SWANネット」の概要を紹介し、会員の皆様の一層のご理解とご協力をお願い申し上げる次第です。
1.はじめに
地域医療構想が策定され、医療提供体制の機能分化・再編が進むと、慢性期病床が削減され、退院患者の受け入れ体制の整備が急務となります。「川上」に位置する地域医療構想は、退院患者受け入れ体制整備という「川下」の政策と同時に行われないと、医療難民・介護難民になった患者さんが「川下」から「海」に流されてしまうと懸念する識者もいます。
2040年には全国で166万人が死亡するという多死社会が到来します。政府の専門調査会の報告書は、2025年には本来入院が必要とされる患者約30万人を、自宅はもちろんのこと、介護施設や高齢者住宅を含めた在宅医療等に移行させる必要があるとしています。従って、在宅診療医の養成が重要になりますが、現状では在宅診療医の増加は期待できません。
在宅診療医を増やすには、まず診療報酬改定で在宅療養支援診療所の要件を緩和するなどの政策誘導が必要です。在宅診療医ネットワークやグループ在宅診療の推進などの診診連携も盛んですが、スムースな連携は困難です。最期はかかりつけ医に看取って欲しいというのが患者さんの本音です。静岡市静岡医師会の「医2ネット」のように病院主治医と開業主治医の連携はうまくいきますが、在宅診療する開業医同士の連携は口で言うほど簡単ではありません。在宅医療推進センターでは、訪問診療医研修事業や地域の実情に合った病診連携の体制を整備し、在宅診療医の人材育成を図ることができるように活動していきたいと考えています。
2.地域包括ケアシステムの2つのモデル
今や国策とも言える「地域包括ケアシステム」は元はと言えば、三菱UFJリサーチ&コンサルティングというシンクタンクの企業的発想に基づく構想です。自助や互助を基盤に置き、公的保険の範囲の縮小に伴い保険外サービスを購入することが奨励される、企業にとって好都合な仕組みです。
「地域包括ケアシステム」は公立みつぎ(御調)総合病院の山口昇院長が公式に提唱したとされ、大きく2つのモデルに分けられます。御調モデルは地域の基幹病院が中心となるタイプで、新潟県では県立津川病院を中心とした地域医療包括ケアが該当しますが、経費がかさむため全国的には普及していません。もう1つのモデルは同じ山口県の尾道モデルです。地域包括ケアシステムの実態は医療介護の連携ネットワークであり、新潟市のような中都市の医療介護連携には地域ネットワーク型の尾道モデルが相応しいように思います。静岡市静岡医師会の「医2ネット」などがその代表例で、医師会や民間病院が主導し、介護・福祉関係者も連携し易いシステムになっています。
3.地域包括ケアとICTツール
医療介護の多職種連携には医療介護情報を共有するICTツールが必要です。在宅診療医の不足を補い、多職種で連携して在宅患者のケアを行うためには必須のツールと言えます。個人情報保護の問題はありますが、地域の医療介護の情報化や「地域共有電子カルテ」の確立を目指して、各地で地域包括ケアネットワークが設立されています。
各地の主なネットと利活用されているICTツールを紹介しますと、県内では長岡市医師会のフェニックスネットがアルム社のTEAMを、佐渡市医師会のさどひまわりネットが日本ユニシスのHCRをICTツールとして用い、新発田市医師会のときネットや魚沼市医師会の米(まい)ネットも稼働しています。全国的には次項で紹介する鶴岡地区医師会のNet4Uや長崎市医師会のあじさいネットが有名です。あじさいネットはNTTデータ、富士通、日本電気のサポートを得ています。
ただ、全国各地で設立された医療介護連携システムの中で、在宅医療を中心に順調に稼働し、成果を上げているケースは少なく、頓挫するものが多いのが現状です。運用を継続していく秘訣としては、①システムの完成度が高く使い勝手が良いこと、②ICTを熟知する会員や職員がいること、③地域医療に関して先進性・先見性のある強いリーダーの存在、④地区医師会に運用を賄える経済的基盤があること、⑤お互いの顔が見えるヒューマン・ネットワークが存在すること等が挙げられると、鶴岡地区医師会の三原一郎先生は指摘しています。
4.SWANネットの構築
新潟市医師会では医療介護連携情報共有ICTツールとして、ストローハット社の医療連携型電子カルテ「Net4U」を採用して運用することにしました。Net4Uは山形県鶴岡地区医師会が15年にわたって運用している実績があり、当医師会でも地域医療再生基金のモデル事業で試用したツールです。当医師会ではモデル事業の検証を経てNet4Uを発展的に導入展開することにしました。Net4Uはthe New e-teamwork by 4 Unitsの略称で、4 Unitsは病院・診療所・訪問看護ステーション・検査センターを指しており、「患者(あなた)の健康のためのネットワーク」という意味も込められています。
Net4UはSS-MIX(厚労省電子的診療情報交換推進事業で策定された、医療機関を対象とした医療情報の交換・共有のための規約)に対応したEHR(医療情報連携基盤:生涯健康医療電子記録〜カルテ)や日医の電子カルテORCAとの連携機能を持ち、さらにSNS機能を持った他の無料アプリ(ソフトバンク社のMCSなど)との併用も可能です。また、新潟市の「むすびあい手帳」のような紙媒体もこれまで通り並行して使用できます。
当医師会のネットワークには、利益相反を避け、鶴岡地区医師会のネットと区別し混同しないためにNet4Uの名称は使用せず、独自に「SWANネット」というネーミングをさせていただきました。S(住み慣れた)W(我が家で)A(安心して暮らせるまち)N(新潟)ネットという愛称です。
年度内にNet4Uの新規導入の申し込みをいただくとICT連携システム連携事業の補助金が利用でき、導入費用、利用料、保守料が無料になります(次年度からは利用料と保守料がかかります)。新規に導入して医療機関として登録すると、訪問診療をしなければいけないのかという質問を受けますが、登録に伴う義務は一切ありません。
SWANネットを有効活用するには、在宅医療を行う診療所や訪問看護ステーション等の連携施設はもちろん、急性期病院や在宅療養支援病院のネットへの参加が鍵になります。多くの病院の地域連携室の登録をお待ちしております。SWANネットのICTツールが宝の持ち腐れになることなく、安定的に稼働していけるように細心の注意を払いながら運用していきたいと存じます。
5.おわりに(2025年~2040年に向けて)
在宅診療の推進には在宅介護力を確保して「在宅限界」を高め、訪問診療を補完する訪問看護ステーションを普及させることも重要ですが、新潟市は「在宅死亡率」が9.2%と低く、介護する子供夫婦が共働きである家庭も多く「在宅限界」が低いのが実情です。全国的にも介護離職者は年間10万人に上り、「介護離職ゼロ」の目標は文字通り的外れで非現実的です。
在宅ケアは施設ケアに比べて決して安くはなく、むしろ高くなることが学問的にも政策レベルでも確認され、厚労省も認めています。であるならば、介護施設職員の待遇を改善して離職を防止し、厳しくなった特養等の施設入所要件を緩和するとともに、サービス付高齢者住宅ばかりでなく所得や年金収入の少ない高齢者でも入居できるような居宅系介護施設の整備も図るべきだと思います。
最後に、国が地域包括ケアシステムを本気になって推進するなら、医療や介護に投入する公費を削減する発想を捨て、逆に増額することを期待して、新年のご挨拶に代えたいと存じます。
(平成29年1月号)