新潟大学 脳研究所長 那波 宏之
新潟大学脳研究所はちょうど昨年、本邦初の国立大学附置の脳研究所として創立されてから50周年を迎えることが出来ました。本研究所は脳外科の医学部研究施設を前身とし発足し、その後、病理学分野や神経内科学分野などの臨床部門をコアとして発展させることで、ヒトの脳疾患の臨床、診断、研究に邁進してきております。この50年間、新潟市医師会の皆様には並々ならぬご指導、ご支援を賜り、ここに深く御礼を申し上げる次第です。その間、脳研究所には遺伝子解析やモデル動物作製を行う生命科学リソースセンターとヒトや動物の脳機能画像を解析する統合脳機能研究センターが設置され、分子からヒトまで広い脳神経研究に日夜頑張っております。
脳研究所の歴史の50年間で、本邦の医療の状況は大きく変わったことは、皆さん、ご存知の通りです。いまだ死因トップをしめるのはがんと心臓疾患ではありますが、この間、平均寿命は20歳近く伸びました。さらに最近では、オプジーボやアバスチンなどの分子標的薬の相次ぐ開発をうけて、がんが根治される日も遠くはないのかもしれません。代わって、医療現場を直撃して社会問題化した疾患が、認知症を始めとする老年性の脳神経疾患であります。アルツハイマー病はその原因物質の一つ、アミロイドベータが発見されてから30年近く経過しますが、未だに発症プロセスの全容は解明に至っておりません。これだけ重大な脳科学の課題であるにもかかわらず病態解明にこれだけ多くの時間を要していることは、我々、脳研究者としては忸怩たるおもいであります。
残念ながら「脳」という組織の構造と作動メカニズムは、よく「宇宙」に例えられるように、その回路があまりに複雑で広大なため、解明が進んでいないのが現状です。脳の中の分子や神経細胞の構造、シナプス制御メカニズムが、ようやく解明されつつあるところです。その意味で、意識、言語、判断といったより高次なヒト脳機能は、ようやく脳画像研究や大脳生理学研究を通して、実質的に始まったばかりなのです。現在、医薬開発においてはとくにヒト脳とネズミ脳との構造的、機能的違いが大きな障害となっています。これら多くの老人性の変性疾患は、数十年の経過を経て、アミロイドベータやシヌクレインなどの変性蛋白を脳に蓄積させますので、そもそも数年しか寿命のない動物で正確なモデルを作ることが難しいようです。皮肉にも、医療の恵みによる超高齢化が、これらの脳神経変性疾患を結果的に増やしてしまったともいえるでしょうか。この状況では、認知症に対しての予防医療や先制医療が重要になります。脳研究所におきましてもこれら脳疾患の病因病態の解明とともに、予防医療や先制医療の視点を踏まえて研究を進めたいと思っております。
西暦2050年には、認知症患者さんは1000万人を超えるのではないかといわれております。その中において、新潟大学脳研究所の進むべき方向は明らかです。我々、脳研究者に「待った!」は許されません。高齢化率上位の新潟に立地する脳研究所は、すべからく認知症を代表とする脳神経疾患に対し全力で立ち向かう所存です。新潟市医師会の皆様におかれましても、今後ともご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
(平成30年4月号)