新潟大学脳研究所 所長 小野寺 理
3月8日はサバの日です。サバには回遊魚と、地場に居着くタイプがいます。地場に居着く根付きの魚は、別格のおいしさがあり、ブランド化しています。最近のレジデントにも回遊魚を見るようになりました。どこに所属するでもなく、興味のあるところを渡り歩くようなタイプです。一方、今年も多くの本学の卒業生が、巣立っていきます。半分くらいは「一回は外で」と言って、「また戻ってきます」と言って新潟を出ます。しかし、ほとんど戻ってきません。ここ数年、春になると、とても寂しい思いに包まれます。
先日、十日町の竹所に移住し、古民家を再生し、かつビジネスとして竹所の再生も図っている、ドイツ人の建築家カール・ベンクスさんの番組を拝見しました。十日町から魚沼地区は私も好きで、時々散策にでかけます。星峠のあたりなど、本当に美しい日本の里山が残っています。カールさんは番組で、“日本人は、なぜ宝石のような古民家を捨て、砂利を拾うように、数十年でなくなる家を建てるのか”と嘆いていました。
新潟の医療圏には、多くの宝石があります。新潟は220万人を診ているスケールメリットがあります。また、診療科どうしの垣根が低く、互いに尊重し合い、教え、教わりやすいのも特徴です。昔から知っている方も多いので、人から教えを乞う、教育の最も基本的な場が残っています。しかし、残念ながら、その医師として育っていくときの、何物にも勝るいい面を伝え切れていないと感じています。多分、今の若い人の半分くらいには、新潟医療圏は、くすんで、朽ち果てていく古民家に見えているのでしょう。朽ち果てていく古民家を使命感では維持出来ません。カールさんは“そこに宝石があることがわかったから”とても楽しんでその地で生業をなしているように拝見しました。それは守るという使命感より、自分で尊い、自分にとってかけがえがないと思う能動的な意識でした。
医師は地域で育てるものです。医師の経験には、根付きの長い人付きあいの中で初めて醸成されるものがあります。新潟医療圏は、そんな経験を積むのに最適な場です。私は、今に至るまで、新潟医療圏で育てて頂きました。2代にわたって診察している方、10年を超えている方もいます。重症でしたが、元気に過ごされている方もいらっしゃいます。残念ながら数年の後、亡くなった方もいます。一人一人とのナラティブな経験と、積み上げた時間が、何にも勝る医師の技量と考えています。また、所属する脳研は、国際的にも有数な疾患脳バンクがあります。これは、新潟医療圏のネットワークと、医師、スタッフ、そしてご家族、ご本人の尊い志の上に半世紀かけて築かれた唯一無二の物です。多くの方々の尊い意思が、人類のために脳の疾患の謎を解き明かしてくれるのを、後世の私達に託し、この地で待っています。今、新潟医療圏にある、この“地と知の魅力”、この宝石を捨てて、砂利を拾わせに行かせないように、それを正しく語っていけたらと考えています。
宝石は、医療圏全体で醸成されます。その為には、医師会の皆様の医学部の学生への温かいご支援、そして、ここでの素晴らしい医師としての生活が見えるような皆様の活動が何よりも彼らの心をうつと考えています。私も、医師会の皆様一人一人の医療活動の元、この地で育てて頂きました。若者に、この地での自分の明るい将来像を思わせるよう、引き続きご指導お願い申し上げます。
(令和3年4月号)