新潟市医師会 副会長 岡田 潔
「中トロください」。寿司屋さんに行くと、まず頼みます。次は大トロでしょうか。外れがなければ、どちらか美味しかったほうをもう一度注文します。正直、トロだけあれば他は要りません。寿司屋さんに怒られそうです。
2020年末、ワクチン開発のニュースと同時に「これからトロが安くなりますよ」と、ラジオ日経で言っていました。「ファイザーが開発した新型コロナウイルスワクチンの配送は『物流の悪夢』だ」と、ファイザーのワクチン流通で超低温保存が必要だという問題です。ワクチンを配送するためにはコールドチェーンの整備が不可欠となります。その点、日本には-60℃のマグロ冷凍庫(-70℃にするのは容易)があります。─日本は「お寿司の国」だ!これを使えないか? そうなると冷凍保存された大量のマグロが市場に放出されて、マグロ価格が下落するという理屈です。残念ながらマグロ冷凍庫を流用したコールドチェーンは実現しませんでしたが。代わりにワクチン運搬に適した専用の超低温冷凍庫として、新潟県燕市のツインバード工業を含む4社の製品が選ばれました。同社製品の選定理由は、他社製品と比べて、軽量、コンパクトで、据え置き型なのに持ち運べることだったようです。
コロナ禍で医療業界は大きく揺らぎました。待合室での「3密」防止への配慮などから、診療所の受診件数は、いずれの科も減少しました。特に小児科と耳鼻咽喉科は、2020年4、5月が大幅な減収となりました。また胃がん・大腸がん検診を含む人間ドックや健康診断も受診率が低下、乳幼児健診や予防接種も控えられています。「発熱4日ルール」の影響も大きかったと思います。加藤厚労相は「『発熱4日ルール』は目安であり、保健所と国民側が勝手に誤解したこと」という趣旨の発言を国会でしていました。しかし厚労省のHPには「新型コロナウイルスに感染したかもしれない時の相談の目安は『37.5℃以上の熱が4日以上続いた場合』」と明記されていました。そもそも医療経済というものは、患者さんの家計状況に大きく依存していて、世の中が不況になればたちまち受診抑制がかかります。コロナ禍でそれが現実となりました。
当然のことですが、世の中を見渡すと、我々以上に疲弊している業界がたくさんあります。日本経済新聞によると、コロナ禍で最もダメージを受けたのは「貴金属製品卸」で、高額ジュエリーの需要が減った上に、デパートの休業で主力の催事販売ができずに大幅に売り上げを減らしました。「皮革製品製造」も、在宅勤務の普及で革靴などのビジネス需要が減って、高価な革製バッグの売り上げも伸び悩みました。もちろん「飲食店」「宿泊業」などの売り上げも、それぞれ1割近く落ち込みました。帝国データバンクの調査では、2021年9月の時点で、新型コロナ関連の倒産が2000件を超えました。
ツインバード工業の本社は燕市にあり、ドライヤー、コーヒーメーカー、電子レンジなどの電化製品を開発販売する製造企業です。主力商品はニッチ(niche:他社が進出していない市場の隙間)を狙った生活家電です。同社は2021年2月厚労省に5000台、同年4月武田薬品工業にも5000台の超低温冷凍庫を納品しました。ツインバード工業の株価は、2020年末から突然、爆謄して一時は最安値の7倍まで飛び跳ねました。コロナ禍で、新潟県の一民間企業の躍進が全国ニュースで取り上げられたことが、県民としてとても誇らしかったことを覚えています。
(令和3年12月号)