新潟大学医学部分子病理学講座 教授 近藤 英作
病理診断が従来より患者医療に直結する重要な役割を担っている点はご周知のことと存じます。しかし、現在の医学研究と医療技術の進歩の流れとともに現行の病理診断学自身も今大きく変容を始めています。特にがん患者医療の分野、すなわち腫瘍病理の領域での変化は目覚ましく、20年前には考えられなかった手法の応用により、顕微鏡診断においても注意すべき新たな視点が病理医に要求されるようになりました。すなわち、ご存知の様にがん患者さんの治療が、いわゆるゲノム医療のコンセプトの確立によって、NCC OncopanelやFoundation One検査というゲノム配列異常の分析検査の情報に基づいて一般的に実施されるようになったという点です。患者さんの病状の進行を改善する一定の効果を期待できる適切な抗がん剤(分子標的薬)を選択するための検査であり、正しい検査結果を得るためには病理分野も一連の共同作業への参画・協働が必要となり、病理医は従来の形態学的診断に加えて、必要に応じてゲノム検査への適正な検体(組織切片など)の評価や検査のための組織のプロセシングへの注意、がんゲノム医療検討会(エキスパートパネル)への参加、またがん遺伝子やがん抑制遺伝子に対する分子学的・生物学的理解などが必要になってきました。さらに、新たな制がん療法の出現とともに、例えば免疫チェックポイント阻害剤の治療適用に向けたバイオマーカー評価なども加わるようになり、現場の病理医のタスクも従来とは異なり様変わりしつつあります。一方、国をあげて企図している現代のデジタルプラットフォームの推進の波は病理学研究の分野にも波及しており、人工知能(AI; Artificial Intelligence)の病理診断への応用も考案されつつあります。病理診断学の分野では、これまでmanualで蓄積されてきた膨大な患者診断データ(顕微組織画像や診断情報)をAIシステムで深層学習させ、brush upしたAI技術で病理医が日常行っている病理診断に近づける、あるいは一歩進んで人為的なエラーを超えた精度の高い診断結果を得よう、という試験的研究も活発に進んでいるのです。日本は諸外国に比較し医師不足である現状がメディアでよく取り上げられますが、病理の領域も例外ではありません。本邦総人口の漸減や超高齢化社会進行の問題は患者医療の担い手にも現実に波及する問題と推察されますが、その解決の一手としてデジタル化技術やAIなどが対策されつつあるのかもしれません。これがこれからの私たちの医療現場にどのように組み込まれていくのか、具体的なイメージを現時点で私自身は描けてはおりませんが、遠い将来の変革ではないと思っています。
このような病理学を含めた現在の医療の変容が近い将来の社会に真の改善をもたらすのか未だ明確には確証できませんが、一つだけ自身の考えとして心にとどめているのは、これらの医療における変革と共生・共存して進んでいく心構えが必要ではないか、ということです。社会のイノベーションと敵対するのでなく、これらを利用して(受け入れて)より良い患者医療につなげていくのは人間である医師にしかできないことであり、また最終的に責任を負う者は医師であることを考える時、やはり技術の上には人が立ち、これら技術革新と共生しながら医療人としての将来を歩まねばと漠然と考えています。
(令和4年12月号)