新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授 齋藤 昭彦
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2023年5月に感染症法上2類感染症から5類感染症に変更されました。改めて2類感染症の病名を見ると、ポリオ、結核、ジフテリア、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、トリインフルエンザ(H5N1・H7N9)と危険性の高い感染症が並びます。COVID-19はようやくこのリストから抜け出し、インフルエンザなど、よりなじみのある5類感染症となりました。
この3年間で、幾つかの重要な変化が社会に起こりました。まずは、感染対策の意識の高まりです。ユニバーサルマスクはもちろん、公共の至る所に手指消毒用のアルコール製剤が置かれ、感染対策を行わないと何か気持ち悪ささえ残る、感染対策の徹底はまさに社会の「文化」にまで成熟したと言えます。この対策は、今後の新興・再興感染症対策に大きな味方となることは間違いありません。2つ目は、ほとんどの国民がこの期間に複数回の新型コロナワクチンを接種したことです。ウイルスの出現から1年未満でメッセンジャーRNAワクチンが製品化され、それがほぼ全世界の人々に複数回接種されました。国内の高齢者の3回接種率は90%を超えています。短期間に国民のほぼ全年齢層にワクチンが接種され、特に重症化予防に貢献したことは、新興感染症に対するワクチンの重要性を皆が共有した貴重な体験です。3つ目は、行政や医師会などが中心となり、COVID-19対策、入院患者の収容先の決定などのシステムを作り上げ、それが上手く機能しました。このシステムは、今後の新興・再興感染症対策の基盤となることは間違いありません。
一方で、多くの課題も明確になってきました。これらは、上記にあげた幾つかの事項の裏返しとも言えます。感染対策の徹底は、それが当たり前となり思考が停止したままで感染対策が継続されている現状があります。この暑い夏の日中、外で1人で歩いていてもマスクを着用している光景をよく見かけます。よく考えた感染対策の実行を再度リマインドする必要がありそうです。また、感染対策の徹底で多くの感染症はなりを潜めましたが、特定の感染症は感受性者が増加し、2021年シーズンのRSウイルスの小児での大流行に代表されるように感染症の疫学が変化しています。これらの感染症への今後の感染対策をどうするか、不安を残します。また、ほとんどの人がワクチンを接種した一方で、一定の割合で「ワクチン忌避」が顕在化し、社会問題になっています。更には、COVID-19に特化した医療体制が整備された一方で、長期間に渡りCOVID-19患者を診療しない施設が存在し、オミクロン流行時には一部の医療機関に患者が溢れ、その体制が問題視されました。
これらの変化が今後どう変化していくのか、更なる新しい変異ウイルスの大流行があるのかなど、その予想は難しく、今後も我々医療関係者への試練は続くでしょう。時に判断に迷う時に、悩まずにコインを投げてその裏表で判断したくなる時もありますが、どちらが出てもその反対の側面についてよく考えておく必要がありそうです。それぞれの事象は異なっているように見えますが、実は1枚のコインであることに変わりはありません。今後も目の前の事象をいかに客観的に、裏も表も見ることができるかが問われることになりそうです。
(令和5年9月号)