新潟白根総合病院 院長
大矢 実
わが国は1970年代から少子高齢化が続いており、その中でも少子化は深刻な状況にある。2022年の出生数は77万747人であり、1949年の269万6638人の1/3以下である。更に2023年の出生数は前年に比し5.8%減少すると推計されている。このまま2030年代に入ると、わが国の若年人口は現在の倍速で急減し、少子化に歯止めがきかない状況になることが予想されている。
こうした状況の中で2023年4月、こども未来戦略会議が発足し、議論が開始された。基本理念として①若い世代の所得を増やす、②社会全体に構造・意識を変える、③全ての子ども・子育て世帯を切れ目なく支援する、が示され、子ども・子育て支援には、数兆円の財源が必要であるとされる。6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)では、具体的な財源措置を2023年中に決めるとし、事実上、先送りされたが、これに関しては、一部、医療保険制度を活用した支援金制度が想定されており、これによって全体で3兆円規模の少子化対策費用のうち約1兆円程度を賄うとされている。
少子化対策として子ども・子育て支援を強化することに全く異論はないが、財源として医療保険制度から支援金を拠出することにはいささか疑念が生じる。医療保険制度は、将来起こり得る医療費支出に備え、加入者で資金をプールする仕組みである。したがって、保険料を他の用途に使用することは許されないと考える。
こうした発想がなぜ生じるのか疑問に思う方もあろうが、これに似た制度は児童手当制度が始まった1972年から既に存在している。以前は「児童手当拠出金」として、2012年4月から「子ども・子育て拠出金」として厚生年金保険料に上乗せされている。厚生年金保険料は雇用者と従業員が折半で負担しているが、この拠出金は、雇用者が全額負担する。従業員の標準報酬月額および標準賞与額に拠出金率(2020年4月から0.36%)を掛けて算出され、日本年金機構が徴収している。この拠出金は、年金特別会計・子ども・子育て支援勘定に繰り入れられ、2022年度では総額3兆2239億円のうち6224億円を占めている。また、拠出金率は、2012年0.15%から徐々に引き上げられ、2020年から現在まで0.35%、今のところ上限が0.45%に設定されている。
この拠出金は保険給付の財源とはなり得ないため「保険料」とは言い難く、税法に基づいて徴税機構が徴収するわけでもないため「税」ともいえない。性格がはっきりしない金であり、年金制度を利用しているものの国民年金ではこのような負担はなく、公平性にも欠ける。多くの問題を抱えているように思われるが、恐らく多くの国民に認識されることなく50年以上の間続けられてきた。
これに近い手法、発想で医療保険から子ども・子育て支援金の拠出を想定しているものと思われるが、少子化は社会全体の重大問題であり、税金で賄われるべきであると考える。「消費税は10年程度上げることは考えない」と明言され、消費税増税の議論を封印したままの状態では、財源探しは迷走せざるを得ない。問題に正面から対峙し、増税を含む分かりやすい議論と制度設計を望む。
(令和6年2月号)