新潟大学脳研究所 脳神経外科学分野 教授
大石 誠
令和5年6月より新潟大学脳神経外科学教室の運営を担当いたしております大石誠です。埼玉県浦和高校卒ですが、平成9年に本学を卒業以後、熱い新潟愛で仕事をして参りました。タイトルからは、私が「働き方改革」反対派との疑念を抱かせてしまうかもしれませんが、そのような趣旨はございません。そもそも脳神経外科は、厚労省からも超過勤務が多すぎる科に挙げられ、改革のきっかけの一役を担ってしまった診療科です。思えば確かに若い頃は、非常に多い拘束番の中で「死ぬかも」と思ったことも、連続当直のあと医局の机の上に「〇〇病院へ手伝いに向かえ」と書き置きがあったこともありました。このような悪しき風習が、今回のような極端な整備に至らせたのは確かです。
しかし今回の「改革」は、厚労省からの説明はWebで複数回受けたものの、明らかに数字合わせばかりで、「働き方改革というのは時間だけの問題なのか?」という疑念を感じました。当教室の日中業務は手術や血管撮影でほぼ埋まり、教室員の給料補填のバイトの多くが他院の当直か土日の拘束番です。今回の改革では、新潟市の夜間救急を支えてきた教室員達に感謝の念もなく、逆に「君たちが問題」とされたのです。ニュースでも心を病んだ若手医師の超勤時間ばかりが話題になりましたが、制限すべきは時間ではなく何日も働いている若手を気遣えない上司でしょう。逆に若手の実力不足もあるならば、極端な時間制限下では自信を持った医療ができる日は遠のきます。時間ばかりがクローズアップされた「改革」に、現場では誰も本質が改善されるとは感じないのではないでしょうか。そもそも日本は一度「ゆとり教育」で失敗し、その後に真逆の学習要領を出した歴史もあります。今回、ここまでの「改革」と言われるものを実行し、いずれ「もうちょっと働くように」となったら、みんなもう一度働く姿に戻れるのか心配になります。すると、この「改革」は実は「改悪」かも知れず、将来には「害悪」となる可能性も秘めていると憂いております。
何はともあれこの春の体制スタートで、私たちとしては、バイト病院に最低深夜帯の当直許可取得とお値段据え置きをお願いし、検討会は時間内で効率良く終わらせる努力を、長い手術では翌日の予定と合わせて関わる人間を配慮する工夫をして、申請水準に関係なく全員が年超過勤務ラインを十分クリアできる時間配分をしました。問題は大学特有の学会活動、研究活動、教育活動です。大学人としては、今月は診療が多かったので教育も研究もやめておこう、とは行きません。本来、研究や教育とは楽しいもののはずですし、来たる手術のためにビデオを繰り返し学習したい時も、論文を読みあさって気づいたら深夜の時もあるでしょう。これらを自己研鑽と命令業務に仕分けする議論は本当に必要なものでしょうか?1年間をかけて準備した結果、私は「この件のこれ以上の議論は気持ちが暗くなるだけ」との結論に至りました。将来誰も責任を取ってくれるはずのない法案の完全遵守より、そのためにコミュニケーション不足になったり、一生懸命さが否定されたり、技術・知識の習熟機会や研究の楽しみが奪われたりする方が、教室の将来にとっては大問題で、社会にとっても損失であるはずです。規制時間は守るとして、「昨日は眠れませんでした・・・」と他院の当直から戻った後輩に、間違っても「何時間休まないとダメ」「今月はあと何時間しか働けない」と指示するではなく、その労を最大級にねぎらった上で「気になってる患者を診たら早く帰ってたっぷり寝な」と、そういう当たり前の気遣いが教室員から自然に出てくる雰囲気を、数字の遣り繰りに過度に偏らず、また勝手に法案を変えられたとしてもぶれることなくやって行けるような文化を作ることこそが、我々にとっての「働き方改革」の肝なのだろうと信じます。
例えばこのような依頼原稿も私は今、締め切りが近づいた夜に書いております。この依頼は医師会からの命令業務か?自己研鑽か?全く関係ありません。私は先生方と今のこの気持ちを共有したくて時間をかけて書いております。
(令和6年5月号)