勝井 豊
昨年の9月21日に外科入局者の同級会が、群馬県渋川市の伊香保温泉で開かれたので、妻と参加した。伊香保温泉は、万葉集にも名前が載っているほど伝統のある温泉で、戦国時代に武田兵の療養所として整備されたそうである。温泉饅頭の発祥の地とも言われ、伊香保神社に通じる365段の石段の両側には、旅館や土産物屋などが多数あり、観光客で賑わっていた。
明治以降は多くの文人が訪れており、その中に竹久夢二(1884〜1934)も含まれていた。繊細な女性の挿絵で人気を博した彼の作品を展示している記念館に、皆と一緒に案内してもらった。開館は昭和56年で公益財団となっており、収蔵作品は1万6千点もあり、付属施設もある立派な記念館であった。財団の理事長さんが案内してくれたが、まず1階のホールで大正時代に輸入された豪華なオルゴールの演奏を聴かされてから、夢二と伊香保の繋がりを教えてもらった。それから夢二の挿絵や手紙などを、その背景に遡って説明してもらった。
圧巻は特別な展示室である「蔵座敷」の中で、期間限定で展示されていた『黒船屋』であった。黒船屋と書かれた箱に腰掛けた繊細で憂いを浮かべた女性に黒い猫がじゃれている構図で、館長さんの解説によると女性は夢二の最愛の人がモデルで、猫は夢二自身を象徴しているそうである。相手の親が反対したので、二人は一緒になれなかったそうで、そのせつない思いが彼の作品に反映し、その芸術性を高めていったそうである。
付属施設である新館は趣向を凝らした木造建築で、中に入ると明治の前後に作られた美しい和ガラス製品が多数展示されていた。収蔵する膨大な資料を管理し、多くの人たちに鑑賞してもらうのは、経済的な負担を伴うので決して容易なことではないように思えた。そうしたなかで、郷土にゆかりのある芸術家の作品を後世に伝えようと努力する姿勢に共感させられた次第である。
(令和2年2月号)