勝井 丈美
コロナ禍で友人との会食の機会が減った分、一人で映画館に行くことが増えました。11月には「マーティン・エデン」「ハニーランド」「PLANETIST(プラネティスト)」「おらおらで ひとりいぐも」の4本を見ました。
中でも「ハニーランド」と「プラネティスト」は秀逸でした。両者に共通しているのは3〜4年の年月を費やして撮影したドキュメンタリー作品である点と、辺境で暮らす人間と自然との係わり合いを描いている点です。両作品の主人公から伝わってくるのは、厳しい環境で暮らす人の英知と無欲さ、純粋に生きる崇高さです。
「ハニーランド」はギリシャの北に位置する北マケドニアの、未だに電気、水道もない田舎で、わずかな養蜂をして生計を立て、寝たきりの母を介護する独身中年女性のお話です。彼女は「半分はわたしに、半分はあなたに」を信条にミツバチのために必ず半分のハニーカムは残す。ミツバチは利口で彼女を絶対に刺さない。しかし、近隣に突如やってきた、ハニーカムを全て取る一家の人たちには刺しまくる。その一家のせいでミツバチは姿を消し、彼女の生業が失われたかにみえたが、山腹の崖っぷちの洞穴にわずかなハニーカムを見つけ、かすかな希望の光を見出す。彼女のほっとした表情と夕焼けが美しいラストシーンでした。
「プラネティスト」は小笠原諸島の父島で民宿を営み自然ガイドをして暮らすレジェンドサーファー宮川典継さん(60代半ば)と島を訪れた数人のミュージシャンとの交流を撮ったものです。まず息をのむほどに美しい夕暮れの海と空に圧倒されます。ミュージシャンは自然に浸り、インスパイヤされてそれぞれの魂から湧いて出るサウンドを即興で奏でる。中でもディジュリドウ(木製の筒型でホルンのような楽器)奏者のGOMAさんの演奏は初めて耳にする音色で、味わい深いものでした。彼が船上で演奏するとクジラの群れがやってきて船の周囲を旋回する。彼が陸上で海に向かって演奏してもクジラの群れがやってきて一列に並んで泳ぐ。私にはまるでクジラが音楽を楽しんでいるように見えました。
GOMAさんは事故の後遺症で、記憶力低下という高次脳機能障害を患っており、人とのコミュニケーションに臆病になっていたのですが、「今、目にし、耳にしている自然のことをしゃべっているだけでも人とコミュニケーションできることがわかったんです」と涙を流す場面がありました。
父島が世界自然遺産に登録されましたが、絶滅危惧種の動植物の保護に力を尽くし、「地球の原風景を残したい」と活動する宮川さんの知識の豊富さ、先見性と行動力は凄い。それでいて、いつも上半身裸の民宿のおじさんといった風情が実に魅力的なプラネティスト(先覚者)です。
(令和2年12月号)