祖父江 邦子
私は子供の時から草花が好きでした。庭に花壇を作り春夏秋、いろいろデザインし苗や種を植えて楽しみました。
新潟大学に入った時、同級生のお母様が生花の先生で遊びがてら仲間の女子学生とお邪魔し教えて頂き、それなりに楽しい時間を過ごしました。
その後仕事や子育てでそれどころでありませんでしたが、40歳頃から又お花の先生に師事し、改めて生花を始めました。習い事は6歳の6月と言うように早い方が身につくと考えられております。特に音楽や踊りなどはそうでしょうが、私が10代にお稽古したお花はあまり上達せず、つくづくお遊びだったと思いました。40近くで始めた時は、感性は鈍くなっていたと思いますが生花の奥深さにのめり込んでしまいました。目の前の花材からいかに自然を表現するか、季節の移ろいを出すか、考えても腕はなかなか上がりませんが欲は出てきます。
ちょうどその頃二王子山の麓に住むようになり、山懐を散策すると、素晴らしい花材になるものが目に入ってきました。花屋さんでは売っていない自然の枝ぶり、正真正銘その季節の花材がウヨウヨ。宝の山に迷い込んだようにウキウキしました。
雪を踏み分け、春一番は椿に万作の花。続いて辛夷に木五倍子。ムシカリの淡い緑の若芽も白い可憐な花と共に好きな花材。山桜の枝肌も花や葉っぱに劣らず魅力的。桜が終わると山は一気に緑のモザイク。日本人は緑一つでも微妙な色の違いを美しい言葉で表現し、無数の呼び名を付けています。春の山は正に緑の競演。5月の菖蒲、ツツジは艶やか。6月の糊空木の白い花。7月、七竈の小さい青い実。8月、夏はぜ。9月は薔薇の蔓に可愛い実。蔓梅擬もそろっと。10月山は錦の織物。11月梅擬、山帰来の赤い実。
鋏を使って収穫する程度ですから、それほど山の自然を傷める事は無いと自分を弁護してはおりますが、二王子山の登山道の方まで足を伸ばすと「山の植物を切らないで下さい。」等と看板に書いてあり、後ろめたい思いをすることもあります。一番後ろめたく、一番嬉しかった収穫は宿木です。地上10メートルほどの木の枝に立派な宿木の塊を見つけたのですが、流石に手が出ず見上げてため息をついていました。ヨーロッパではクリスマスの縁起物として飾り、取るときは銃で枝を撃ち落とすと聞いた事があります。思いついて“然るべき専門家”に頼みました。スルスルと登り10センチほどの直径の枝に綺麗なオレンジや赤の実が360度ついている大きな宿木の塊を取ってくれました。立派な舞茸を見つけると嬉しくて舞を舞うと言いますが、宿木を手に入れた時はそんな気持ちでした。大きな花器に生け金銀の水引をあしらい、金屏風の前に置いてお正月の迫力ある飾りとしました。
それにしても、若い時の怖さ知らずはなんでしょうか。蝮に代表される蛇類、いろんな毒虫、9月のスズメバチ、猿の群れ、果ては人を襲うクマに、近年は猪まで。そう言った危険を知っていても欲に釣られて藪の奥まで入りました。しかし最近は歳による体力の衰えのせいか、だんだん藪漕ぎが怖くなり、道端から見える範囲しか入らず、従って収穫物も限られますが安全第一でもう暫く自然を楽しませて貰うつもりです。
又、生花は何十年も曲がりなりにお稽古させてもらっていますと、腕より目が肥えますので自分の進歩の無さが嫌になることしばしばです。しかし肥えた目で見ていつも気になるのは、テレビ番組等のバックの花。あまりにお粗末な飾り方だと、番組自体がお粗末に見えてしまいます。旅行番組でも、某有名老舗旅館の床の間の花がきちんと定まっていないと、この旅館も今は大したことは無いんだろうと、考えてしまいます。私の目利きが正しいか間違っているか分かりませんが、自分自身が行った食事処、宿では目にしたお花が、たとえ一輪挿しでもきりりと生けられている所は間違いなく心遣い、味も期待を裏切りませんでした。
生けられた花はその空間の最後の仕上げ、画竜点睛。関わっている人の心が感じられます。
宿木と水仙の若竹一重切り
(令和4年1月号)