浅井 忍
昨年の11月30日に、オープンAI社が公開した生成AIのチャットGPTが、注目を集めている。GPTはGenerative Pre-trained Transformerの略である。生成AIに対して、グーテンベルクの活版印刷や馬車から自動車への転換に匹敵する、あるいはゲームチェンジャーになりうると、異常に高い評価がされ、恐れられている。
今は第3次AIブームにあって、2006年にディープラーニング(深層学習)の活用が始まってからAIの開発が飛躍的に進歩した。ディープラーニングのうち、人間の神経細胞の仕組みを模したニューラルネットワークを多層に用いる方法が採用されている。完璧な答えではなく正解に近い答えを出す仕組みである。
2010年代中頃に、AIが「人類を滅ぼす」と言ったり、AI同士が人間の理解できない言葉をやりとりしたことが話題になり、AIは人間の脅威になるかという議論があった。また、下品なことを言い出したり喧嘩腰の言葉を使ったりした。ネット上の膨大なやり取りを拾い上げて学習しているので、このようなことが起こったという。そこでAIが発する文章にランクづけをして、ランクの高い文章だけを採用するようにした。
チャットGPTは、GPT-3.5アーキテクチャをベースにした大規模な言語モデルであり、学習した大量のテキストデータをもとに、ある文章の後に何が続くのかを統計学的に処理して文章を作っている。問いによって返答の完成度にばらつきがあり、文章は細部に注意が払われているとはいい難い。しかし、およそいかなる問いにもよどみなく返答するのは見事だ。それと、間違いを指摘すると代替の答えを出してくる。
チャットGPTを使う側のモラルが問題となっている。学生がチャットGPTを使ってレポートを書くと自分自身で考えなくなるや、フェイクニュースを作り出すことが容易になる、あるいは悪意のあるマルウェアをプログラミングさせることができるなどである。一方、チャットGPT側の問題としては、膨大な情報を収集して使っていることで著作権の問題が生じるとされる。しかし、そもそもネットは著作権に関して相当にゆるい状況が続いてきたので、いまさら著作権を持ち出すのは違和感がある。
チャットGPTを野放しにしておくと、企業機密や国家機密までを知ってしまい、それが外部に拡散する可能性があるといわれている。あるいはプライバシーの侵害が取り沙汰されている。新しいテクノロジーに対してそれに否定的な論調が出てくるのは世の常だが、テクノフォビアに陥ることはない。
なお、2月7日にはマイクロソフトが、次世代GPTを検索サービスBingのチャット機能として組み込んだ。5月11日には同じく生成AIのGoogle Bardのβ版が公開された。また、G7広島サミット(5月19日〜21日)の首脳声明では、生成AIについて、年内に国際ルールを取りまとめるとの目標を定めた。
2022年10月7日、米国商務省は、先端半導体や半導体製造装置などの中国への輸出規制を発表した。この輸出規制は、中国半導体産業の息の根を止めるような厳しい徹底したものである。オランダも日本も同調し、それまで台湾以外に工場を持たなかった台湾積体電路製造 (TSMC)は、米国・日本・ドイツ・シンガポールの4か国に半導体工場を建設すると発表した。これらの動きにより、台湾有事の可能性が高まったとされる。米国は、台湾有事の際は、台湾自らがTSMCの半導体工場を破壊すべきであると提案しているという。
現在、最先端の半導体を大量に生産することができる企業は、TSMC、サムソン、インテルの3社である。そのうち、先端ロジック製品の90%をTSMCが押さえている。なぜこのような偏った状況にあるのか?『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(クリス・ミラー/千葉敏生訳/ダイヤモンド社/2023年)には、1940年代の真空管に始まり現在に至る半導体の歴史が詳細に描かれていて、その疑問に答えてくれる。ちなみにロジック半導体は、スマートフォンやパソコンに搭載され電子機器の頭脳の役割を担っている。
半導体産業の初期、日本が米国の半導体を使って電化製品を作り米国に売るという構図のうちは、競合関係はなかった。日本は半導体産業に力を入れ、半導体の生産が急速に伸びていった。その後、データの一時的な保持に使われるDRAM(Dynamic Random Access Memory ディーラム)の生産をめぐって、日米は半導体戦争に突入する。その結果、日本は厳しい制裁を課され、日本の金融危機と相まって、1992年にDRAMの生産で日本はトップの座から引きずり下ろされた。敵の敵は友という考え方のもとに、米国は韓国のサムソンを支援した。
「ムーアの法則」は、インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアが、1965年に自らの論文で唱えた「半導体の集積率は2年で2倍になる」という半導体業界の経験則である。この法則は2020年代まで通用していて、半導体の性能は目覚ましい進歩を遂げることになる。1990年代以降、半導体の製造だけを専門に行う企業の「ファウンドリ」と、工場を持たずに設計だけを行う企業の「ファブレス」が、繁栄するようになる。ムーアの法則を成し遂げるには、微細な形状をチップに刻み込めるより高い精度のリソグラフィ装置がもとめられた。米国企業はオランダのリソグラフィ装置メーカーのASMLを、ニコンやキャノンに代わる信頼できる取引先として選んだ。今や、世界の主な半導体製造会社の80%がASML社のリソグラフィ装置を使っている。半導体の設計や製造には莫大な資金と絶え間のないイノベーションが必要であるため、半導体の水平分業化が進みサプライチェーンは複雑化していった。
最先端の半導体を設計するだけでも、コストは1億ドルを超えることがある。最先端のロジック半導体の製造工場を建築するには200億ドルの費用がかかるが、数年で時代遅れになってしまう。
米国の半導体会社テキサス・インスツルメンツでキャリアを積んだモリス・チャンは、1985年に台湾政府から招聘され、TSMCを設立した。TSMCは中国と価格で競争しても勝ち目がないので、最先端の半導体を製造することを選択した。ファウンドリとしてのTSMCの成功は、米国の半導体産業とのつながりが決定的な要因であった。
中国の半導体は、その大半が別の国でも製造できる。先進的なロジック半導体に関していえば、中国は米国のソフトウェアや設計、米国・オランダ・日本の装置、韓国や台湾の製造にまるまる依存している。中国政府は「中国製造2025」を打ち出した。中国の半導体輸入率を、2015年の85%から2025年までに30%まで減らす構想だ。つまり中国は半導体の自給自足を目標に掲げた。半導体の国有企業である紫光集団は、M&Aによって各国の半導体会社を買おうとしたが、うまくいかなかった。爆買いに失敗した中国は、自国に多数の半導体ファウンドリを建設している。
今やチップウォーは、中国に対して米国・韓国・日本・オランダなどの自由主義国家という構図になっている。中国は技術的にも生産設備にも、設計に必要なソフト面にも大いに遅れをとっている。中国が追いつこうにも非常に厳しい道のりが待っている。劣勢を一挙に覆すために、中国は喉から手が出るくらい台湾の半導体産業が欲しいはずである。最悪のシナリオではあるが、台湾有事のいくつかのパターンについて本書は言及している。
(令和5年7月号)