高橋 美徳
或る日、涸れた側溝に鮮やかな緑色の塊を見つけた。こんもりと柔らかく、まんじゅう型に盛り上がった長径10cm、短径4cm大のそれはホソウリゴケらしかった。
それまでコケといえば水槽に張り付いて視界を遮る熱帯魚飼育の敵と考え、水槽から一掃できないものかと考えてきたのだが、どうやら水槽のコケと呼んでいたものは、陸上植物の苔とは異なる藻類を指していたようだ。
植物は進化の過程で葉緑体を持った藻類から、陸上に適応できる苔類が発生した。苔は根を持たず、維管束もなく、直接葉の表面から必要な水分を吸収する。葉の表面に乾燥から身を守るクチクラ層を持つ種子植物と異なり、光を反射しない葉はしっとりと深い緑色を呈している。深山の地表一面を覆う苔は自然循環を守る基礎としての力強さを感じさせてくれる。
ネット検索すると苔テラリウムなるものを楽しむ方法があり、苔愛好家がいることがわかった。大した用品は要らないので早速始めてみることにした。自生している苔をほんの一部でも採取してしまうと、集団で生きていた環境が維持できず、ダムに空いた一穴のように群落が崩壊してしまうので、苔はネット通販で手に入れた。好みのガラス容器に用土を適度に湿らせて敷く。ある程度に押し硬め、飾りたい石や流木を配置し、苔を少しずつ植え込んでいく。密閉式や開放型、その中間のハーフ・クローズドといった植える苔にあった環境を探って管理する。環境に合う苔は優勢となり、適応しきれなければ劣勢となる。湿度や温度の環境変化には強いので、枯れた様になった群落の中央から緑の新芽が顔を出してくる。緑の部分だけを残して枯れた部分を取り除いてしまうと、その結果全滅したりしてしまう。枯れた苔も生きた苔の水分保持に役立っているのだ。
苔の色が随分黒ずんで、元気がなくなってきた気がする。原因を検索すると、水道水のミネラル分が苔によくない場合があるそうだ。今では濾過器で純水を作って与えている。苔はその吸水力と水分保持力の強さから洪水対策に用いようとされたり、有害な重金属を吸着させて環境浄化をおこなう研究もすすめられている。
足元を見ると、身近でもアーバン・モスといわれるギンゴケやホソウリゴケがブロックの陰に見つけられる。鮮やかな花ばかりに目をやらず、足元の苔も見てやって欲しい。白山神社ややすらぎ堤でもハイゴケやスナゴケが観察できる。
中堅過ぎの先輩たちは植物を愛でるようになるのだなと思ってきていたが、私も仲間入りできてきたのかもしれない。
(令和5年9月号)