熊谷 敬一
世界の人口は増加している。しかし、減少している国も多く、増加の大半は9か国程度の僅かな国によって生じている。アジアではインド、パキスタン、インドネシアで、あとはアメリカ合衆国とアフリカの5か国である。アフリカで特筆しなければならないのはナイジェリアである。アフリカで最大の2億2千万人の人口を擁し、2位のエチオピアと3位のエジプトを足したよりも多い。経済規模も大きくGDPはアフリカ全体の4分の1を占めており、アフリカの巨人と称される国である。スポーツでも秀でており、FIFAワールドカップでは過去に3回ベスト16入りを果たした。今年のAFC U23アジアカップでは、日本がオリンピックの出場権を得て優勝したが、ナイジェリア系の藤田選手と小久保選手の貢献が大きかった。ナイジェリアは最もアフリカらしいアフリカの大国である。
「エアジン(Airegin)」は私の好きなジャズの曲である。曲名はナイジェリアの綴りを逆にしたものである。ソニー・ロリンズが作曲しマイルス・デイヴィスのアルバム『マイルス・デイヴィス・ウィズ・ソニー・ロリンズ』に収録された。後日、『バグス・グルーヴ』にも再録された。『クッキン』では、ジョン・コルトレーンのサックスで収録された。なぜこの曲名が与えられたかであるが、ソニー・ロリンズの伝記には「エアジンは特徴的で遠回しな方法(タイトルはナイジェリアを逆から綴ったもの)で、ジャズのアフリカでのルーツと静かだが奥深い人種意識に対するロリンズの強い関心を示しているという点で特に重要である」と記されている。前述の通りアフリカといえばナイジェリアというイメージがあり、実際ナイジェリアの海岸から多くのアフリカ人が各地に移送されたという事実がある。また、ソニー・ロリンズの「セント・トーマス」には両親の出身地バージン諸島のカリブ音楽のリズムが使われている。これも自身のルーツに対する関心と関係しているかもしれない。
曲の冒頭は大らかで野性的であり、アフリカゾウの咆哮を思わせる。途中から斬新で鮮烈な旋律に切り替わる。次にアドリブに移り、最後にまたテーマが演奏されるという形式である。冒頭の部は演奏者によっては省略されたり変形されたりすることがある。スタンダード・ナンバーであり、数多くカバーされている。音楽配信サービスでは200曲ほどが検索される。そのうち同じ音源のものを除くと実質100曲程度だろう。これらのカバー曲を聴き比べてみるのも楽しい。いくつか気になったものを挙げてみる。マル・ウォルドロンのピアノはスローで重厚でありクラシック音楽風である。アドリブになるとテンポが速くなりジャズらしくなる。ヒューバート・ロウズのフルートは風のようである。ローマ・トリオは情緒的で煽情的である。グラント・グリーンのギターは繊細である。アルバム『ナイジェリア』に収録されている。同じギターでもウェス・モンゴメリーは大胆でインクレディブルな演奏である。私はウェス・モンゴメリーの方が好きである。ボーカルでは、ランバート、ヘンドリックス&ロスとマンハッタン・トランスファーがある。「地図で探してみよう―エアジン、綴りは逆」という歌詞で始まり、アドリブも含め全編歌詞付きである。滝野聡のギターや大坂昌彦のドラムなど日本人の演奏も聞くことができる。早世した白崎彩子のピアノはハンブルグでのライブ演奏であり、圧巻のピアノソロである。興味のある人にはお勧めする。
(令和6年7月号)