勝井 豊
本年度のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたこの作品に出演しているアウグスト・ゴンゴラはチリの著名なジャーナリストで、50年前にクーデタ-を起こして独裁政治を行ったピノチェト政権に対抗して、人々にインタビューし、真実を伝えるためのビデオコレクティブを制作し、全国に配っていた。チリが民主化された後は20年間にわたり国営放送の文化活動の中心となって活躍していた。彼のパートナーであるパウリナ・ウルティアは国民的女優でチリの初代文化大臣を務めた。彼らは20年間パートナーとして連れ添った後、結婚して3年が経過している。
アウグストはアルツハイマー病を患っており、徐々に記憶が失われ、時にはパウリナのこともわからなくなってしまうが、パウリナは彼を懸命に支えようとしている。この映画はパウリナが夫に尽くす場面がほとんどであるが、時には独裁政治時代、アウグストが勇敢に抵抗している映像も流れる。
チリの民主化が実現した後も、彼は独裁政治時代の出来事を決して忘れてはならないと主張している。そして、当時のことを記した本を出版し、記憶することの大切さを強調している。パウリナの献身的な介護も彼らにとっては大切な記憶の対象であり、記憶すべきことをきちんと記憶することにより、社会の進歩が実現できるとしている。
この映画の監督マイテ・アルベルディは『83歳の優しいスパイ』(2022年)でも、アカデミー賞にノミネートされている。この映画も、チリに実在する老人ホームで撮影されていて、大変面白かった。どちらの映画も高齢者に寄り添った視点で映画を製作していることが高く評価されているように思う。監督から二人のドキュメンタリーを撮ることを提案されたとき、パウリナはためらったがアウグストはチリの歴史と個人の歴史をともに大切にした作品が作られることに強く期待したとのことである。
「日本の皆様へ」としたパウリナのメッセージの中で、彼女はこのドキュメンタリーが記憶することの大切さを十分に描いていることに満足感を示している。この映画は単なる愛の物語にとどまらない哲学的なメッセージを伝えているように思えた。
原題 LA MEMORIA INFINITA
監督 マイテ・アルベルディ
2023年 チリ スペイン語
配給 シンガ
(令和6年10月号)