臼井 知聡
私のクリニックは平成22年に開院しました。この年は寅年であり、開院記念にどうしても長沢明氏がトラを描いた作品を購入したいと考えていました。そこで出会ったのが「リーチ」です。人気作家のため、平成22年の彼の個展に私が足を運んだ時にはほぼ全ての作品が売約済となっておりました。事情を話したところ、展示作品とは別に倉庫に保管されていた「リーチ」を紹介され、購入を即決しました。当院はまもなく開院15年目に入りますが、私の部屋で不動の位置を保っており(写真1)、当院の守り神だと思っています。
東京・銀座の「ガレリア・グラフィカ」(令和2年12月閉廊)では定期的に長沢氏の個展が開催されており、平成22年に初めて訪れて以来、私は毎回足を運んでいました。しかし、コロナウイルス流行からは移動が困難なため、遠方から個展の様子を伺うのみでした。
平成27年11月14日に新潟市の寿司割烹で、長沢明氏、内田守昭氏(阿賀野市のうちだ内科医院院長)、私の3人で食事会を行いました。内田氏は大学のクラブの後輩で、長沢氏と同じ新発田高校で同じクラスであったことを偶然教えられたことから、一緒に集える食事会を設定してもらえないかとお願いし実現しました。食事会の折、長沢氏が理系クラスに所属していたことを知って驚きました。河井寛次郎のことや絵本作成(福音館書店『あおいトラ』)などについて話をすることができ、楽しい時間を過ごしました。食事会の場で長沢氏は、「50歳を迎えるにあたり、新潟で凱旋個展をしたい」と話しており、なんとか、長沢氏への今までのお礼にと、居ても立っても居られずに、食事会の4日後、新潟市美術館へ訪問し、「長沢明氏が新潟で凱旋個展を行いたいと言っているので協力をしてもらえないか」と無謀なお願いをしました。私以外にも多くの大きな力が作用し、令和2年に横須賀美術館との共催で、新潟市美術館で「長沢明展・オワリノナイフーケイ」の開催が決まりました。令和2年4月25日~6月7日の会期でしたが、コロナウイルス感染症の影響で、開催は5月12日に延期されました。コロナウイルス流行のため結局横須賀美術館での一般公開はなく、新潟市美術館のみ一般人が鑑賞できることになったのです。
ずっと開催を念じていた新潟市美術館には長沢氏のトークショーを含め、5回足を運びました。常設展会場の壁面を使った「メメントの森」を含め、他の巨大な作品群、チャーミングな小品の数々を何度も見ることができて、私は幸福感に浸ることができました。長沢氏が望んでいた凱旋個展が実現され、私が過去に彼の作品や言葉に救ってもらったことに対するひとつの恩返しができたと嬉しく感じました。
昨年11月は、「吉原写真館」(新発田市)で個展「KO-KYO」がありました。長沢氏が高校時代に通った新発田市での初めての個展です。レトロな建物の雰囲気と彼の作品が見事にマッチし、素敵な空間でした。
彼の作品は第一印象から時を経て、印象をどんどん変えていきます。作品を構成するマチエール(例えば岩絵具、鉄錆色の変化など)にこだわって制作されているので、経年変化を楽しむことができます。その変化とは別に、鑑賞者の心の変化によっても見えるものが変わっていきます。何より氏の作品には人の心を励ます力が宿り、それがいつもじわじわと沁み出してくるような魅力に私は惹かれ続けています。
今年は巳年なので、仕事場に「ヘビ」(写真2)を飾りました。これからも同郷、同年代の長沢氏をずっと応援していきたいと思っています。
写真1 「リーチ」(1090×920mm)と長沢明展のポスター
写真2 「ヘビ」(210×140×85mm)