大野 雅弘
本書は、2009年11月23日にNHKから放映されたNHKスペシャル「立花隆 思案ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」と一体になった本であります。この本と一緒に同番組のDVDが一枚付けられています。NHKの番組の放送を見なかった人にはぜひこのDVDをみてから本書を読むことが勧められています。現在の日本人は2人に1人が何らかのがんにかかり、3人に1人はがんで死んでいます(日本人の死亡原因の第1位です)。今後、この比率はさらに増加することは間違いないと思われます。我々医師はがんのことは一般の人よりは多くの知識をもっていますが、そのことが医師ががんにかからないということとは全く別の話です。多くの医師は何の根拠なしに自分だけはがんにならないと信じ込んでいます。医師も一般人同様にがんになる可能性があります。実際、多くの先輩の医師や、同僚の医師もがんで死んでおり、さらに後輩の若い医師もがんで死んでいます。著者(立花隆)は医師ではないが、豊富な知識と多彩な分析能力を駆使してがんを各方面より捉えています。本書は第1章はがんについてのその発がん、がん化のはじまり、発生機序、転移のなぞ、治療その限界と代替療法、緩和ケアなどを中心としたがんの総論であり、第2章は著者自身のがん体験を中心としたものであります。著者自身も2007年の12月に膀胱がん(多発型がん)の宣告を受け、内視鏡によるがんの治療を体験しています。がんと身近になった私たちにとって極めてわかりやすく参考になる本です。
古代からがんは報告されており、多くの人々はその存在やその恐ろしさは経験的によく知っていますが、がんとは何なのか、がんの本質は人類はまだよくわかっていないということです。がんとは細胞の病気であり、正常細胞が狂いだして、無限の増殖能を持つがん細胞になってしまう病気である。正常細胞は「生まれては死に」を繰り返す有限の寿命を持つ細胞ですが、がん細胞は無制限に増殖を繰り返し死にません。不死の細胞です。がんは遺伝子の病気、DNAの狂いによってもたらされる病気でもあるのです。正常細胞は自ら死を選ぶ(アポトーシス)ようにプログラムされているのですが、がん細胞は細胞増殖をコントロールする遺伝子に狂いが生じて、正常なサイクルを踏み外してしまう病気であります。日本のような長寿国では、だれでもがんになっても不思議ではないということです。ある年齢層以上になればがんになるのが当たり前というか、いつがんになっても別に不思議でもなんでもないということです。そのような意味で、人間ががんにかかるということはなにも特別なことでなく、ごく当たり前に起こるべきことが起きたと言ってもいいと思います。これから、年を重ねていく上で必ずやがんと向き合う時期が来ると思います。その時あわてないで、敵であるがんのことを知っておくことは意義あることと思います。ぜひ、一読することをお勧めします。
尚、本書は平成23年1月10日に菅直人総理大臣がJR東京駅前の八重洲ブックセンターで購入した10冊の中の1冊であったと新聞は報道していました(朝日新聞 1月11日朝刊)。
『がん 生と死の謎に挑む』
著者 | 立花 隆 |
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NHKスペシャル取材班 | |
出版社 | 文藝春秋 |
価格 | 2,520円(税込) |
(平成23年3月号)