佐藤 斎
神立尚紀(こうだちなおき)著、『祖父たちの零戦』を紹介します。進藤三郎氏、鈴木實氏2名の零戦指揮官が存命中に直接インタビューした話を軸にしたドキュメンタリーで、それまで硬く口を閉ざしていた人々が、最晩年を迎え、真実を遺すという気持ちになりできた本です。歴史に興味のある方に読んで頂ける本と思います。表紙の写真は鈴木氏が率いた部隊の搭乗員で、鈴木氏の父母の郷里は村上市です。右から2人目の方も、村上市の方だそうです。
著者は1963年生まれ。講談社の『FRIDAY』で活動した報道カメラマンで、戦争を知らない世代です。戦後50年目の零戦が飛ぶイベントを取材した際に、空を懐かしげに見上げる元搭乗員の方に出会ったのがきっかけで取材活動を始めたそうです。そもそも著者と零戦の接点は、少年の頃に遡ります。当時は、零戦を題材にした漫画や模型が多く、手にした方も多いはずです。著者が開設したブログに、「私は写真家でありジャーナリストでありノンフィクション作家であり大学教員でもあるが、軍事研究家を名乗ったことは一度もないし、そうあろうとも思わない」とあります。著述はあくまで客観性を重視していて、極力、主観を排除しようする姿勢がみてとれます。
零戦といえば、よく読まれている書籍に坂井三郎氏の『大空のサムライ』シリーズがあります。手に汗握る内容で、とてもおもしろいのですが、読めば読むほど、公平性、客観性について疑問が湧きました。結局手に入るものはすべて目を通したのですが、解決されず、その後、他の作者に答えを求めて片端から読みあさりました。その中で著者の作品『零戦最後の証言』を知り、続いて出版された本書に到達しました。ようやくその中に「坂井氏が語り」、出版社社長である「高城肇氏が調べ、書き」、二人三脚でその後何冊もの続編を生みロングベストセラーになったという経緯が、その背景にある複雑な人間関係と共に書かれていました。
零戦については多くの書籍が出ていますが、実際に飛んだ人々に直接取材して、生の声を記録した本書には、歴史的資料として価値があると思います。取材を受けた方には、鬼籍に入られた方も多く、二度と得ることのない貴重な証言ばかりです。進藤三郎氏は、零戦がデビューした際に華々しい戦果を上げた戦闘機の指揮官パイロットです。当時の写真と共に載っている、著者が撮った晩年の表情は凛として、とても穏やかなものです。命をかけて国のために働き、死地を乗り越えてようやく平和な時代を迎えたのに、終戦によって激変した価値観に翻弄され、「つまらん人生だった」とことばを遺したそうです。
他にも、天寿を全うした零戦パイロットの話が出てきます。それぞれの戦中、戦後がありました。彼らの最晩年に書き手と語り手が出会ったのは、これもまたお互いの運命なのでしょう。
『祖父たちの零戦』
著者 | 神立尚紀 |
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出版社 | 講談社 |
価格 | 1,890円 |
(平成23年7月号)