横田 樹也
最近、読んで印象に残った、藤原正彦著『日本人の誇り』をご紹介させていただきます。
リーマンショック以後の世界は経済不況から脱出できず、日本も景気回復できない状態が続いています。そんな中で起こった東日本大震災では、多くの日本国民が混乱に陥り、これに対応すべき政治も全く機能していない現在、日本人が自信をとりもどすためのヒントが何かあるのでないかと本書を読んでみました。著者の藤原氏については、多くの方がご存知と思いますが、作家新田次郎と藤原ていの次男で、もともとは数学者ですが、今から6年前の2005年に、200万部を超えるミリオンセラーとなった『国家の品格』を出版しました。この後、○○の品格と名付けられた数多くの出版物が出てくることとなり、「品格」という言葉が、流行語になったことも、まだ記憶に新しいことと思います。
『国家の品格』に関しては、評価は割れていますが、グロバール化(アメリカ化)がすすむ現代日本では「論理」や「合理性」を追求するばかりに、人と人との心の繋がりが軽んじられてきており、そのような中でちょっと立ち止まり、過去の日本人が重んじた「情緒」や「武士道精神=道徳」を見つめなおす機会があってもいいのではないかという部分には共感できる方々も多かったのではないかと思います。
さて、今回出版された『日本人の誇り』ですが、基本的には藤原氏がもつ『国家の品格』と同様の古い日本の精神に立ち返ろうという主張がなされています。その内容ですが、「個より公、金より徳、競争より和」を重んじてきた世界に誇るべき精神を持つ日本人が、戦後、なぜ自信を失ってしまったのかを幕末から昭和の敗戦までの歴史を検証し、今後日本人が行うべき指針を示しています。その大筋を以下に記したいと思います。
大学教授であった著者の藤原氏が、学生に対し「日本はどのような国と思いますか」と質問したところ、「恥ずかしい国」「胸を張って語れない歴史を持つ国」などと否定的な答えが多かったということです。これは学生たちが、長く暗い時代を経た後、戦後になって、やっと自由平等と民主主義の明るい社会を築くことができたと教育されていたからです。このように、多くの日本の若者が自国の歴史を否定し、その結果、祖国への誇りをもてないでいるのです。それはなぜなのでしようか。
江戸時代から明治時代に日本へ訪れた多くの外国人によると、日本の人々は貧しいながらも平等で幸せで美しい国を建設していました。幕末以降、日本が開国した時の世界は、欧米列強が帝国主義や植民地主義をもとに、広くアジアやアフリカを支配する図式でした。そのような中、日本は日露戦争の勝利をきっかけに帝国主義列強の仲間入りをしていったのです。本来ならば、日本はここで立ち止まり、欧米列強に対し、これまでの日本の考え方とは異なる帝国主義や植民地主義は間違いであると説得すべきでしたが、それができず、日本は世界の荒波にのみこまれ、戦争時代に突入していきました。そして最終的には日米戦争で敗戦国となってしまいました。
終戦と同時に日本を占領したアメリカは、日本の非武装化と民主化をするとともに、新憲法を作り上げました。その後、新聞、放送などに対する言論統制を行った上で、戦中、日本人が持っていた増悪の対象をアメリカから日本の軍部や軍国主義者へ向かうようにしたのです。こうして教育界、歴史学界、マスコミに対するアメリカの言論操作は「歴史的事実」となり日本人の心に根付いてまったのです。
また、日本人には、個々では良いが、集団となると恐ろしい侵略国となってしまう危険な民族であると、戦前の日本を自己否定する考え方が定着し、現在に至っても多くの日本人が祖国への誇りと自信を持てなくなってしまいました。そして、個人主義を重視するようになったのです。それは他人より自分ということで、自己主張する欧米人の考え方です。国際秩序とか平和より自国を尊重し、自国の富だけを求めて自由に競争するというものです。まさに過去の帝国主義がこれで、現在、リーマンショックに始まり世界経済の混乱を引き起こしている新自由主義もまた欧米の生み出したものです。こういった個人主義により、会社では能力主義という名のもとで全員がライバルとなり、不要となればリストラされる。地域では家やコミュニティーの枠組みが失われ、困ったときには、近隣や仲間が手をさしのべるという美風を失ったのです。
では、日本人が祖国への誇りを取り戻すための具体的な道筋は何でしようか。日本人は「敗戦国」をいまだ引きずり小さくなっています。日本の歴史を正しく認識し、戦後植えつけられた、戦前、戦後の自己に対する罪悪感を払拭することが大切です。そして作為的になされた「歴史断絶」を回復するとともに、家族やコミュニティーなど、仲間との繋がりを大切なものとして考え直すことです。
この春起こった東日本大震災では、世界のメディアが日本を絶賛しました。震災後の混乱時にも、世界のどの国でも起こるような争いごとや略奪などは全くなく、秩序は保たれていました。被災者は家族や家を失った状況でも不平を言わず、避難所でじっと耐え、国民がこぞって、そういった被災者を助けようとする態度が心を打ちました。また、津波で被災した福島原発では、被爆をおそれず、原子炉への放水を続けた消防隊や自衛隊の決死的な行動を世界のメディアは「ヒーロー」と褒めたたえました。まさに日本人はまだ日本人だったのです。日本人特有の美観は普遍的価値としてまだ日本人の心の中に生きているのです。そして、このような窮地のときにも行動することができるのです。日本人は自信を持ってこれらを取り戻すことです。
なかなか回復基調に乗れない日本経済、信頼できない日本の政治、将来が見えず混沌とする日本社会、こういった現代日本の問題のみならず、ぎすぎすとした人間関係などを嘆かれている方は、是非この本を一読されることをお勧めします。
『日本人の誇り』
著者 | 藤原 正彦 |
---|---|
出版社 | 文藝春秋 |
価格 | 819円(税込み) |
(平成23年9月号)