安藤 伸朗
医者で作家である人は多い。森鷗外、齋藤茂吉、北杜夫、なだいなだ、渡辺淳一。眼科医で作家としては、藤枝静男(注1)、庄司肇(注2)が挙げられる。若倉雅登氏も眼科医であり作家の一人である。
若倉氏は、日本最古の眼科専門病院である医療法人社団済安堂井上眼科病院の第十代院長であり、日本神経眼科学会理事長である。とても並みの眼科医ではない。そうした激務の中で、これまで、『目は快適でなくてはいけない』(2005年、人間と歴史社)、『目力の秘密』(2008年、同社)、『三流になった日本の医療』(2009年、PHP研究所)、『目の異常、そのとき』(2010年、人間と歴史社)、そして本書。最近4年間は毎年一冊を上梓している。
彼の「血」が彼に「本」を書かせているのかもしれない。祖父も父も作家である。祖父は、進藤延(のぼる)。芥川龍之介、田山花袋、川端康成らが寄稿した雑誌『文芸日本』を創刊した。祖母はのちに松竹蒲田の大部屋女優(早川十志子などの芸名)になった百合子。父親は、文芸評論家、作家の進藤純孝(しんどう じゅんこう;本名・若倉雅郎 1922年1月1日-1999年5月9日)。川端康成、志賀直哉、芥川龍之介の論考や昭和文学の評伝のほか、小説も書いた。
『健康は〈眼〉にきけ 名医が教える眼と心のSOS』、何とも妙な題名の本であるが、単なる眼の知識本ではない。実はかなり読みごたえのある、今までの概念を変革してくれる本である。「心療眼科」という聞きなれない言葉が随所に出てくる。「心療眼科」とは? 眼科で診る患者の中に、器質的な問題はないのに明らかな目の症状を訴えるケースは多い。多くは「気のせい」と言われて難民化したり、ドライアイと誤診されるケースもある。しかし、実際には精神的な問題が目の症状となって現れていることが少なくなく、メンタルな視点からの対応で改善していくこともある。これを専門的に行うのが心療眼科である。
本書は5つのパート(章)から成っている。驚くべき眼の秘密(第1章)、眼は変化する(第2章)、現代人と眼の不調(第3章)、本当の原因は? 見落とされがちな病気(第4章)、病気とわかった時、あなたは……?(第5章)。
第1章では、眼と視覚に関する知識をおさらいする。その上で目や視覚がどのように心と関わるのかを述べている。「心療眼科」という一般では聞きなれない話が出てくる。
第2章では、心療眼科医としての視点で話が始まる。生まれてすぐから視覚と心は発達のプロセスをたどり始める。加齢とともに成熟し、円熟し、衰微の段階に至る。発育と加齢の問題を取り上げている。
第3章は、働き盛りの成人の眼の不調と現代病の関連を述べている。
第4章は、大きな問題であるのに見逃されている眼と心の不調を取り上げている。
第5章(終章)では、病気や症状を診断した後の問題が述べられている。診断の後は「治療」となるはず、でも治療できるものと出来ないものがある。さらに言えば治療すべきものと、する必要がないものがある。その時にどうするか? 英語圏の教科書では「診断」の後は、テラピー・アンド・マネージメントと書かれている。つまり治療だけでなく、マネージメント(病気や症状と如何に付き合うか)が大切なのである。
眼の異変を眼科医に訴えたのに、なかなかよくならない。挙げ句の果てに、たらい回しにされた。そんな経験はないだろうか。ひょっとしたらその異常、意外なところに原因があるかもしれない。眼と心は密接につながっている。心のSOSが眼にあらわれることもあれば、眼の不調が精神的ダメージをまねくこともある。だから、眼球の問題と思っていたら大間違い、という場合も少なくない。
眼と心、そして脳との関係に注目し、自律神経と瞳の機能、心身のアンバランスさが招く視力低下、現代生活が与える悪影響、眼精疲労と「疲れ目」の違い、発達障害と視覚の関係、子供の近視、ストレスや鬱との関連、老眼、病とむきあうメンタルコントロール等々について「心療眼科医」の観点から解説している。
本書に次いで、2011年9月に日本で初めての心療眼科の教科書である『実践! 心療眼科』(若倉雅登編集、心療眼科研究会協力、銀海舎)が出版された。内科・外科・整形外科・産婦人科・小児科・眼科、、、、、身体科の疾病には心療科の問題が含まれることは、むしろ必然であろう。これまでEBMにこだわってきた私たちには心の問題は不得意分野である。こうした部分にメスを入れた著書は少ない。本格的な心療眼科の教科書は『実践! 心療眼科』に任せておこう。本書『健康は〈眼〉にきけ 名医が教える眼と心のSOS』は、医者ばかりか子供から大人まで読める、快適生活のための「眼と心の相談室」である。
注1:藤枝静男(本名・勝見次郎;1907年12月20日-1993年4月16日)
旧制第八高等学校(現・名古屋大学)時代に、白樺派の志賀直哉に出会い終生師弟関係を続ける。その後、千葉医科大学(現・千葉大学)を卒業し眼科医となるが、昭和22年(1947)39歳の時、処女作『路』を雑誌『近代文學』に発表し小説家への道を歩み始める。やがて伝統的な私小説の枠を破った確固たる新しい私小説世界を構築し注目された。『イペリット眼』、『痩我慢の説』、『犬の血』で三度芥川賞候補に挙がった。
注2:庄司肇 (1924年11月20日-2011年2月1日)
千葉県生まれ。九州高等医学専門学校卒。眼科医のかたわら小説、評論を書き文芸誌『きゃらばん』を主宰する。『庄司肇コレクション』『庄司肇作品集』がある。現代作家論が多い。2011年2月1日、転移性肺腫瘍のため86歳で逝去。
『健康は〈眼〉にきけ 名医が教える眼と心のSOS』
著者 | 若倉 雅登 |
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出版社 | 春秋社 |
価格 | 1,785円(税込) |
出版年月 | 2011年4月 |
ISBNコード | 978-4-393-71624-3 |
(平成23年11月号)