鷲山 和雄
著者は1951年生まれ。国民経済研究協会に20年近く勤務し、最後に理事や研究部長を務め、2004年に協会が解散した後、民間のシンクタンクに身を置いている。ちなみに、国民経済研究協会は、終戦後に文部省、商工省、農林省が合同で設立した、我が国のシンクタンクの先駆けであり、国や自治体などから様々な情報分析を受託し、主にマクロ経済分析を得意にしていた。著者のHP「社会実情データ図録」にある報告書一覧を見ると、協会が多種多様な請負仕事をしていたものだと感心させられる。果たして、為政者や行政は著者らの報告を十分に活用できたのだろうか。本書の冒頭で、著者は執筆目的について、「統計グラフの一種である相関図利用者へのガイドブック」「世界や地域・社会の実情への興味の提起」と記している。穿った見方かもしれないが、私には、今回の著者の執筆動機にそれまで自らが関った報告書が無駄遣いの隠れ蓑になっていたかもしれないとの嘆きが含まれるように思えてならない。
著者と私は、もちろん職種は全く異なるが、同年生まれであるが故に、自らの年齢順に、日本社会の現状を一緒に見つめてきたという点で、似通った感慨を持つのかもしれない。著者の考え方に共感できるところが少なくない。
著者は、統計学の専門家の立場で、相関図や散布図を活用し、統計情報の裏に隠れているものをあぶり出すが、データに基づくだけに説得力がある。解釈のもとになるデータの扱い方、すなわち、個々の統計情報そのものへの言及も興味深い。秀逸なのは、国際比較や国民性という視点の必要性への言及かもしれない。日本だけを見ていては国の真の姿を理解できない。データに基づいて自らを客観視すべきである。著者はそのことも言いたいのだろう。
「相対的貧困率と年齢別賃金格差(日本の貧困度は高いのか?)」は、なるほどと納得させられる。数年前に「日本はOECD加盟諸国の中で二番目に貧困率の高い国」と報道されたことがあった。当時、私は、その内容は絶対に間違っていると思ったが、マスコミがこぞって報道するから正しいのではという妻を説得できなかった。歪められた報道であると感じていても、その理由を明快に説明できなかった。現在でも、日本は最も貧困度の高い先進国と思っている人がいるかもしれないが、著者はOECDの報告が統計のマジックに過ぎないことや報告と報道の背景を分かりやすく解説している。問題を抱えつつも依然として、日本は先進国の中で最も平等社会の国のひとつであるという著者の見解に私も賛成である。
医療関係者としては、「都道府県別の生活保護世帯比率と平均寿命の相関図」「都道府県別の入院患者数と高齢化率」「都道府県別平均寿命の分布の推移」が興味深い。日本は平均寿命が長いだけでなく、地域格差の少ない国である。医療に対する満足度の評価は極めて難しいが、医師数の多い西日本で入院比率が高く、医師数の低い東日本で入院比率が低いという統計も、これからの医療福祉政策を考える上で、示唆に富んでいる。人口減の社会では、医師が多ければよいというものではない。世界から見れば、日本は医師数の地域格差の最も少ない国でもある。
他にも、「自殺率と他殺率の相関」「犯罪率と治安不安度」「国民負担率を構成する租税負担率と社会保障負担率の推移」「高齢化対策に対する少子化対策の相対ウェイトと出生率」「各国の高齢化比率と医療費対GDP比」などに、説得力のある統計グラフをもとに、持論を展開している。全てに同意できる訳ではないが、新鮮な複眼的な思考を与えてくれる。著者は、自身のHPで更に多くのテーマを解説しており、本書を一読のあとには、そちらを覗くのもよい。新聞などで得られない統計情報が詰まっており、飽きない。
『統計データはおもしろい!』
著者 | 本川 裕 |
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出版社 | 技術評論社 |
出版年月 | 2010年10月 |
価格 | 1,580円(税別) |
(平成24年3月号)