大川 彰
歴史関係の本を読むのが好きなので、時間ができると日本史、世界史を問わず様々な本を乱読しています。本書は、徳川幕府について書かれた本を読んでいた際に参考文献として紹介されていたもので、興味をそそられたので早速インターネットで購入しました。著者は東京大学医学部卒業後、解剖学教室を経て理学部人類学教室の教授となられた方で、解剖学者及び人類学者としての視点で本書を執筆されています。
徳川将軍家の菩提寺である東京芝の増上寺にある徳川家霊廟は、戦災により消失し戦後は荒廃にまかされていましたが、昭和33年から35年にかけて改葬が行われました。その際総合的学術調査が実施され、著者は遺体の調査を担当しました。本書はこの時の研究結果を専門的学術書としてではなく、より平易な解説書として出版したものです。
増上寺の徳川家霊廟に埋葬されていたのは、2代秀忠、6代家宣、7代家継、9代家重、12代家慶、14代家茂の将軍6人と、この他に3代家光の子で6代家宣の父である徳川綱重、2代秀忠夫人崇源院(昨年の大河ドラマの主人公)や14代家茂夫人和宮(仁孝天皇皇女)をはじめとする歴代将軍の正室や側室など総計38人です。埋葬された人物それぞれにその生涯の解説に続いて、遺体の埋葬状況、副葬品、頭蓋骨を中心とした骨格の詳しい計測値や特徴が写真付き(全て白黒)で記述されています。また徳川将軍家との比較のため、尾張徳川家、浜田藩松平家、仙台藩伊達家、高遠藩内藤家、沼津藩水野家、長岡藩牧野家について実施された同様の調査結果もあわせて記述されています。
本書によると、江戸時代の最高貴族である徳川将軍の形質の特徴は低身長、大型の頭、極めて細長い顔と小さな顎、不揃いな歯並びと反っ歯です。これらは同時代の庶民とは全く異なった特殊な形質で、特に12代家慶、14代家茂の後期将軍で最も典型的かつ完成形となり、公家出身の14代家茂夫人和宮にも全く同じ特徴がみられます。著者はこの形質は生活習慣によってもたらされた上、下顎骨および咀嚼筋の発育不全の結果で、現在の日本人をもはるかに凌駕する超現代的な形質群であるとしています。徳川将軍以外の大名もまた同じような貴族的形質を持っていましたが、江戸時代後期の藩主になるほど、また将軍家との血縁が近くなるほどその形質が強くなるようです。
本書の特徴は、墓室内の遺骨の埋葬状態や頭蓋骨を中心とした遺骨の写真が豊富に掲載されていることです。これらの写真により、将軍は全て胡座(あぐら)の姿勢で埋葬されているのが分かります。また、14代家茂の頭蓋骨には黒々とした豊富な頭髪が付着しており、20歳の若さで亡くなったことが良く理解されます。家茂夫人和宮の頭蓋骨の歯は黒く染まっており、生前のお歯黒が残っていたものと想像されます。カラー写真ならもっと鮮やかで分かりやすいのでしょうが、昭和30年代前半の記録ですので致し方ないところです。
本書の内容はマニアックで、とくに何かの役に立ったり参考になったりするものではありません。日本史が大好きで特に江戸時代フリークの方にはお勧めです。
『骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと』
出版社 | 東京大学出版会 |
---|---|
著者 | 鈴木 尚 |
出版年月日 | 1985年12月16日 |
価格 | 5,000円(税別) |
(平成24年5月号)