大滝 一
今回、紹介させていただく土光敏夫さんについては、名前と「臨調の土光さん」という言葉は聞いたことがありましたが、恥ずかしながら臨調(臨時行政調査会)の意味さえよく知りませんでした。ただ以前に紹介した山本五十六連合艦隊長官と同様に、一度は勉強しようと気になっていた人物でした。
しかし読んでみて驚きました。凄い人がいたんだとつくづく思いました。
石川島重工業と東芝の社長、78歳にしての経団連会長、当時の首相であった鈴木善幸に乞われて85歳での臨調会長、などの輝かしい経歴を持っています。それとは裏腹に社長になってもそれまで同様の電車通勤、メザシが好物といった清貧な食事、東芝の社長になってからもエアコンなしの自宅、私生活はいたって質素なものでした。
東芝の社長に就任した際には、必要以上に華美な社長室専用の浴室とキッチンをなくし、社員には「今までの3倍働け、役員は10倍働け、自分はそれ以上働く」と言ったそうです。いくら社長でもなかなか言えることではなく、さらにそれを実践するところがすごいです。
自分には絶対まねできないし、したくもありません。またこんな人が上司だったら、私は会社を逃げ出すかもしれません。
しかし、そのようなことを遥かに超える強力な率先垂範の実行力と、人を引きつけてやまないカリスマ性を持った魅力的な人物だったのです。燃えたぎる情熱と堅い信念を持ち、関わる人々を強力に引き込む人間、土光さんはそんな人でした。
3.11、東日本大震災から一年以上が経ち復興庁はできましたが、大震災と原発事故の大きな爪痕がいまだに残り、東北を中心にまだまだ苦しみあがいている方々が多くいます。原発も廃炉まで40年とされていますし、チェルノブイリをみても福島第一原発周囲にはもう二度と人が住むことはできないのではないかと思います。
半世紀以上も前、福島第一原発の導入にあたり、当時の土光さんは東京電力と国に「原発は必要だ。アメリカからの輸入はいいとして、日本はアメリカに比べて地震が極めて多い。原発は地震国の日本に適した安全なものにする必要がある。そのために原発の全てを日本の技術者に点検させてほしい」と言いました。
それに対し東京電力は「アメリカで問題なく稼働しているものと同様の仕様であり、その必要性はない」とはねつけました。
その答えに土光さんは「このような状態では日本の原発は安全とは言いがたい。有事の際には必ず想像をはるかに超えた危険なことが起きうる」と予言し、東電とそれをバックアップする国に対して激しく憤慨したとのことです。今さらの感はありますが、東電と国がこの土光さんの意見を尊重していたら、ここまで甚大な災害には至らなかったのではと悔やまれます。
それにしても、最近の報道からはストレステスト適合として政、官、財が束となって原発再稼働に向っているように思われます。福島第一原発事故の十分な検証もなしに本当に大丈夫なのでしょうか。さらに西日本のどこかで大きな原発事故でも起きようものなら、日本という国そのものが沈没しそうに思えます。土光さんだったらどう思い、何と言うでしょうか。
その土光さんは政治についても言及しています。
国の財政赤字もいまや1,000兆円となっていますが、財政赤字がまだ100兆円だった約40年前に土光さんは「政治に金はかかるが今はかけ過ぎで、政治家はその金にために政治をしており、本来の仕事を忘れている。与党も野党も党利、党略に走らずきっちりとした政策審議をすべきだ。お役人もしかり、赤字の責任はどこにある? 自己保身ではなく役人本来の国民のために働くということを思い起こせ、政官一体となって対策を講じよ! まずは議員定数を減らせ」と言っています。
1,000兆円の赤字。さあどうする、霞が関村の政治家、お役人の皆さん。中には素晴らしい方もおられるでしょうが、本質から逸脱している方が多すぎるのではないでしょうか。
この時代にこそ「土光敏夫」のような人物の出現を切望したいところです。大阪辺りにかなりの人物がいるようにも聞きますが・・・・はたしてどうでしょうか。
爪の垢のご利益がどれほどかは分かりませんが、今は亡き土光さんの爪の垢の百分の一でも煎じて飲むべき人が、霞が関村と原発村には沢山いるように思えます。
東日本大震災で不幸にして亡くなられた方が16,000人、いまだに行方不明の方が3,300人、現在地元を離れて生活している方が34万人。新潟にも現在7,000人余りの方々が避難、転居しています。
お亡くなりになられた方々のご冥福を祈り、さらには震災に遭われた地域と人々の一日も早い復興と政、官、財、民、全ての力を結集してより迅速な対処と支援をと願ってやみません。
『清貧と復興 土光敏夫 100の言葉』
著者 | 出町 譲 |
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出版社 | 文芸春秋社 |
価格 | 1,333円+税 |
(平成24年5月号)