木村 洋
『金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活』と副題にあるように、ある一人の医師の癌闘病記です。こう書くと、よくある癌闘病記と思われるかもしれませんが、一風変わっています。表紙が金髪のオールバックにエレキギターをかき鳴らしているどこかのロックンローラかと思う写真です。ホントに医者なの?
なぜ、本書を紹介する気になったかといいますと、私の大学や病院勤務時代(通算27年)の経験に関連するからです。勤務医時代、耳鼻咽喉科領域である頭頸部ガンの治療に多く携わってきました。そして沢山の患者さんの死にも関わってきました。その頭頸部ガンの中で喉頭ガンと下咽頭ガンは生命予後の観点で対照的です。喉頭ガンは予後の良いガンの一つです。一方、下咽頭ガンは極めて予後の悪いガンの一つです。共通するのは、隣接部位であり、手術的(根治手術)治療を選択する場合、発声器官である声帯を含む喉頭全摘出術を必要とすることです。従って、術後はしゃべることが出来ない、失声という状態に陥ります。命は助かっても声を失うことにより、社会復帰が極めて困難となります。その為、手術を拒否されるケースもしばしば経験しました。そこで音声再獲得の為の色々の方法が取られます。そのうちの代表的なものが気管と食道のシャント手術です。そしてそのシャントに誤嚥防止の弁をつけた器具を挿入し発声の補助をします(留置型人工喉頭:本書ではプロボックス)。私も勤務医時代、全国的にも早い時期に本法を導入し、患者さんの社会復帰に多少なりともお手伝いをしてきた経験がありました。
筆者は下咽頭ガンを発症し、喉頭摘出を余儀なくされます。そして、プロボックスにめぐり合い、社会復帰(医師としても、趣味のロックの世界へも)への軌跡が書かれています。そして、本書は喉頭摘出とはどういうもので、どういう結果になるのか、身を持っての体験が語られています。さらに、素人向けに分かりやすい喉頭摘出後の図解もなされています。また、喉頭摘出を受けると、鼻呼吸ができなくなるので、嗅覚も失い、さらに味覚も低下してしまうこと、味噌汁やソバもすすれないなど、患者になってみないと分からない苦労も多く綴られています。
筆者はその後も舌ガンを発症し、手術。そして下咽頭ガン再発、舌根部ガン、食道ガンなどの手術・放射線治療などを乗り越え(本書では6度の手術とありますが、彼のブログによれば、その後も2度の手術を受けて、今も闘っていますが)、現役として医師を続けています。それだけでなくPRSギターのコレクター&プレイヤーで金髪をなびかせロックのステージにも立っている、驚異の生命力に驚かされます。
「ガンはいい病気だと思います。事故や心筋梗塞、脳出血などと違って、ガンは死ぬまでの時間があります。死のその時までに人生を振り返ることも、旅立ちの準備もできます」とも語っています。エネルギッシュに生き、肯定的に死を捉えている姿勢に共感します。
私も患者さんの死、知人の死、肉親の死などいくつもの別れを経験してきました。そして、還暦を過ぎて、あの世のお迎えがいつ来てもおかしくない年になりましたが、何の準備もなく、未だに現世に執着している自分が恥ずかしくなります。死と向き合う姿勢というより人生如何に生きるべきかを教えられる一冊かと思います。
話はそれますが、喉頭ガンで亡くなった有名人といえば、昔は池田勇人元首相(ちょっと古いでしょうか)、記憶に新しいところでロック・ミュージシャンの忌野清志郎(独特の声で、今もCMで流れるデイ・ドリーム・ビリーバーを聞くと涙が出そうです)や落語の立川談志(毒舌・奇行でも知られた天才)がいます。いずれも、喉頭摘出を選択せず、亡くなっています。彼らがこの手術を受けていたらと考えることもありますが、その生き方にいろいろ感ずる方も多いと思います。彼らにとっては声が命なのかもしれません。
皆さまはどのようにお感じになるでしょう?
付記:喉頭全摘出術後の音声再建術は本県では新潟県立がんセンター頭頸部外科が積極的に行っています。
『癌! 癌! ロックンロール』
著者 | 赤木 家康 |
---|---|
出版社 | 産学社 |
価格 | 1,575円 |
(平成24年9月号)