高橋 美徳
金木犀の香りがあっという間に過ぎ去って、自転車通勤を楽しむ私には名残惜しい。急ぎ足に陽は短くなり、肌寒さと木々の色づきがやって来る。自転車通勤をはじめて13年になる。ほどよいスピード感と爽快感、なにより自動車では感じられない季節の空気感が心地良い。
今回紹介する本は玄人好みの一冊である。上古町にある行きつけ自転車店の店主に紹介され、何とも魅力的なタイトルに惹きつけられて手に取った。スポーツ車偏重の自転車ブームとは一線を画す内容で楽しめた。著者は様々なタイプの自転車を乗りつくして、クラシカルでキャリアのついた革サドル自転車に毎日乗るスタイルにたどり着いた。派手なカラーリングの競技用ロードバイクは普段使いには合わず、お尻にも厳しい。衣服とも合わせづらいので、落ち着いた色合いの英国式実用車を紹介している。
自転車の原型は19世紀初頭、ドイツのハンス・フォン・ドライスがドライジーネとして発明した。当時インドネシアのタンボール火山大噴火による火山灰が成層圏を覆い、世界的な冷夏となった。牧草が採れず馬を大量に屠殺せねばならない状況の中、馬に頼らず陸上を人力で移動する乗り物が必要と考えたからだった。当時のドライジーネの実車写真が掲載されているが、ペダルとチェーンはなく両脚で地面を後方に蹴りながら前進する仕組みで、平均時速12kmで移動できたそうだ。この速度は歩く速度の3倍で、当時の乗合馬車よりも速かった。現代でも停留所の多い路線バスと自転車はおおむね同速度と感じられる。人一人が効率よく移動できる方法としてはなんと言っても自転車が一番、人力だから環境にも優しく、おまけに健康に良いと一石二鳥である。
やや古い統計だが、2005年度の日本の100人あたりの自転車保有台数は世界第6位だそうだ。上位にはヨーロッパ、北欧諸国が名を連ねている。この数字をもって日本は自転車大国と呼べるだろうか?
ハイデルベルグ大学の自転車研究家ハンス・レッシング教授の言葉が引用されている。井の頭公園で日本の街乗り自転車を観察し、日本ほどの豊かな国で、なぜ、これ以上コストを切り詰められないほどの安普請で作られた自転車が氾濫しているのか理解できないと語る。「もっと人々が自転車にお金を使うようになれば、もっと良い乗物が出来るのに、残念だ」と博士。自転車王国のオランダでは最も売れ筋の街乗り自転車は4~5万円、故障は自転車屋で修理して大切に乗る。さて日本はというと、1~2年で寿命が来る粗悪部品の寄せ集めで出来た自転車が幅を利かせている。
戦後の車両増加による交通死亡事故急増を受けて、自転車の歩道通行が長い間容認されてきた。現在は道交法改正を経て、自転車用道路インフラが十分に整わぬまま、軽車両である自転車は高齢者と子供を除き原則車道通行となっている。しかしながら、警察官を含め従来法規のまま歩道通行している人が多いのが現実である。
日本も欧州を見習い使い捨て自転車を脱して、人と自転車に優しい都市計画を目指し、自転車ルール、インフラ、マナーをきちんと整備、周知する時期に来ていると感じる。
本書が自転車に興味のある方に読まれ、スタイルのある自転車生活に興味を持ち、華麗に自転車を乗りこなして欲しいと思う。
『華麗なる双輪主義』スタイルのある自転車生活
著者 | 小池 一介 |
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出版社 | 東京書籍 |
定価 | 1,575円(税込) |
(平成24年12月号)