金子 真奈美
かなり古い本ですから既に読まれた方も多いとは思いますが、私を読書大好き人間にしてしまった本なのでぜひ紹介させていただきます。
主人公の刑事が、失踪した女性の捜査を依頼されるところから物語は始まります。彼女の過去を追いかけていくうち、彼女は実は全く別の人物であり、他人になり変わっていたことが判明します。どうやって変わったのか、なぜ変わらなければならなかったのか…
このように書くとよくある推理小説と思われるでしょうが、それだけではなく世相を反映した経済小説でもあるのです。
舞台となっている1990年代。クレジット産業は凄まじい成長の過程にあり、新規供与額は国民総生産の14%、カード発行枚数は1億6千万枚にまで達していました。「自力で夢をかなえるか、現状で諦めるか」という時代から、見境なく気軽にお金を貸してくれるクレジットの出現で、夢が容易に手に入る時代に入っていました。マイホーム・旅行・買い物…と夢がかなって幸せになった錯覚に浸かっていられる時代。しかし虚構の生活は脆く、多重債務・自己破産・夜逃げ・自殺といった危険を孕んでいました。
だんだん判明してくる彼女の人物像と過去。普通の暮らしを手に入れるために犯罪に手を染めなければいけなかった理由。誰に頼ることもできず、たった一人で成し遂げていく悲壮な強さ。彼女こそがクレジット社会の最も悲惨な被害者であり、読み進めるうちに同情の念さえ覚えます。彼女に手が届く最後のシーンはまさに胸に迫るものがあります。(さすがは宮部みゆき)それは常に追われ逃げ続けていた彼女に対するねぎらいを、主人公の刑事とともに私自身が感じるからです。
ところで作者はクレジット社会にいくつかの提言をしています。多重債務は本人の責任だけではないと何度も述べているのです。いくらでも簡単に貸す仕組み、高金利、法整備の遅れ、行政の指導不足、危険性の認識不足などいくつもの要因が重なって債務超過に陥っていくのだと。とくに若い人には、クレジット社会へ乗り出すための基礎知識を学校で教えるべきだとも訴えています。
この物語の時代からすでに20年が過ぎました。誰でも数枚のクレジットカードを持ち、テレビでは消費者金融の明るく楽しいCMが流れています。法は整備されたのでしょうか?危険性は十分教育されたのでしょうか?
久しぶりに読み返してみて、今でも充分に面白く、示唆に富み(個人情報漏出の危険性も併せて学べるのです)さっそく子供達に読ませている次第です。
『火車』
著者 | 宮部みゆき |
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出版社 | 新潮文庫 |
価格 | 1,040円(税込) |
(平成25年10月号)