大滝 一
今、巷では本屋大賞受賞の百田尚樹と、社会派小説の池井戸潤の二人の作家が大人気のようです。特に池井戸潤は「半沢シリーズ」としてテレビでドラマ化されて高視聴率を上げ、その人気のほどがうかがえます。半沢の言う「倍返し」は、「今でしょ!」「アベノミクス」「おもてなし」「じぇじぇじぇ」などと共に今年の流行語大賞候補の一つとなっています。この池井戸潤の作品に登場する主人公たちの、これでもか、これでもかと押し寄せる危機に疲れ果てながらも、決して逃げずに正面突破する姿には、心底感動し、読後に心の中で喝采の声をあげています。
社会派小説をインターネットで調べてみました。「社会派小説本おすすめランキング─読書メーター」を見ると、ベスト10にやはり池井戸潤が5位『下町ロケット』、8位『鉄の骨』と2冊入っており、さすがです。その他の8冊にはどのようなものがあるかというと、なんと8冊全てが山崎豊子でした。『運命の人』が1、4、6位で『沈まぬ太陽』が2、3、7、9、10位と圧倒的な強さです。20位以内にも『不毛地帯』が3冊入っています。他に社会派小説作家がいないわけではけっしてありません。山崎豊子といえば、医局制度などの医学界の問題点を追及した『白い巨塔』も有名です。
今回、ここで紹介するのは5巻全部がベスト10に入っている『沈まぬ太陽』です。「アフリカ篇:上、下」「御巣鷹山編」「会長室編:上、下」の5巻、総ページ数2,321の長編です。でも、読み始めたらあっという間、10日間で読破してしまいました。夜はしっかりお酒も飲んでいながらです。
何といっても、主人公の男としての生き様には心を打たれます。日本で最大の航空会社で労働組合の委員長となり、空の安全確保のための言動が会社側から疎んじられます。その結果、アンカラ、テヘラン、ナイロビと10年に渡りたらい回しの海外出張が続きました。単身赴任で家族崩壊の危機もある中、会社の卑劣な対応にも屈することなく現地で仕事に打ちこみました。そして日本に帰ってきます。しかし、そこからがまた苦渋の日々が続きます。その中で、皆さんも記憶にあると思いますが、昭和60年8月12日に御巣鷹山の墜落事故が起こり、会社全体が危機に陥ります。苦労をしてきた主人公は、会長交代を機に大抜擢を受け、仕事に奔走します。しかし、親方日の丸の会社の上層部は、520人の犠牲者という世界最大の航空機事故があったにもかかわらず、人事絡みの私利私欲、個人の保身と利権獲得に奔走します。そして、その根底には有力政治家の存在があったのです。日本の政治の奥深くまで根を張った、この航空会社に絡む巨悪ははたして暴かれ、是正されるのでしょうか。
読み始めるともう止まりません。夏で患者さんが比較的少なく、診察の5分、10分の合間にも読んでしまいました。御巣鷹山墜落事故の阿鼻叫喚の現場の記述は壮絶なものでした。
また、この中で「国民航空」と出てくるのはもちろんあの航空会社で、脳梗塞で倒れた田沼元総理、現職の利根川総理と竹丸副総理、道塚運輸大臣と実在の大物政治家も登場します。誰のことかは当然お分かりと思います。こういった政治的側面からもこの本は楽しむことができます。
これを読む前に山崎豊子の『大地の子』を読みました。文庫本4巻の長編ですが、深い感動を覚える大作でした。『大地の子』では中国に何回も、『沈まぬ太陽』では西アジア、アフリカまで飛んで行って調査する、その努力には敬服しますし、子細な点まで深くよく調べられていることに本当に感心させられました。
さーて、次は百田尚樹か池井戸潤か、それとも山崎豊子の『運命の人』にしようかな。
<追加>
私がこの本を読んだのは8月で、御巣鷹山の航空機事故のニュースを見て「あ、あの本があった」とういうのがきっかけでした。原稿も読み終えてすぐに書いたものです。
残念なことに、作者の山崎豊子さんがこの9月29日に88歳の生涯を閉じられました。山崎さんが直木賞を取った『花のれん』をその後に読みましたが、まだまだ山崎さんの作品は沢山あります、一つひとつ丁寧に読ませていただこうと思います。
偉大な作品を数多く残された、社会派小説作家である山崎豊子さんのご冥福を心よりお祈り申しあげます。
『沈まぬ太陽』
著者 | 山崎豊子 |
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出版社 | 新潮文庫 |
発行年月 | 2013年7月 |
定価 | 2、3、4巻 710円 1、5巻 630円(全巻税別) |
(平成25年11月号)