熊谷 敬一
相対性理論を理解したいという願望をお持ちの方は多いのではないだろうか。既に理解されているという方もいらっしゃるかもしれないが、そうでない方の方が多数ではないかと思う。特殊相対性理論については、丁寧に書かれている一般向けの解説書を読み、示された数式を追ってゆけば、理解はそれほど難しくはない。同時性の破れや、距離の短縮、時間の遅れなどについて、2次方程式程度の数学の知識の範囲で正確な理解を得ることが可能である。ところが問題は一般相対性理論である。ほとんどの解説書では、重力場の性質などについて定性的に記述されるにとどまり、数学的背景については説明が省略されている。かといって、専門書に手を伸ばすということは素人には敷居が高い。
そのようなときにお勧めするのがこの本である。著者は理学部物理学科を卒業し修士課程修了後、情報家電メーカーに勤務した経歴を持つ。自らが大学で物理学を学んだときの経験から、一般人にも理解しやすいようにと物理学を解説した本である。特に数学的理解が得られることを目標に、丁寧なまたは工夫した解説がなされている。この本の成り立ちにはインターネットが関わっている。元々は、インターネットのホームページに書かれていた内容を本にして出版したのである。私自身この本を知ったきっかけは、チャンドラセカールの限界質量についてウェブ上で検索していたときに、このホームページにヒットしたことであった。なので、実は冊子体としての本書を購入しなくても、誰もがインターネット経由でこの本の内容を閲覧することができるのである。書名の「趣味で」という意味は、読者にとって趣味的に物理学を学ぶための本であると同時に、著者にとっても物理学が趣味であるという二重の意味があると思われる。
さて、一般相対性理論についてだが、とにかく難解であることは間違いない。結論となるアインシュタイン方程式自体はとても簡単に見える。
ニュートンの万有引力の法則の公式に似ているといえなくもない。しかし、これは略記法により簡略化した記述をしているためであり、その内容はきわめて複雑なものである。左辺のGと右辺のTはそれぞれ4次元の4階テンソルであり256の成分を持っている。Gを分解すると10個のリッチ・テンソルの和に表すことができ、それを展開すると打ち消しあう項を除いて各514の項をもつ偏微分方程式になる。次のURLに展開した式が掲載されている(http://homepage2.nifty.com/eman/relativity/r00_ext.html)。一般相対性理論が極めて難解であり、数学的理解に達するのはとても困難であるということが実感される。
私が物理学を好きなのは、自分が知らないことを知りたいとか、真実を知りたいという純粋な好奇心からである。物質は何でできているのか、どのような法則が支配してるいのか、宇宙とはどのような存在なのかなどを知りたいという気持ちである。たとえば宇宙の年齢についてだが、私が子供の頃には100から150億年程度という大雑把な年数がいわれていた。しかし、科学の進歩により現在では138億年であることが確定している。正確には137.98±0.37億年である。これはWMAPという宇宙探査機が宇宙マイクロ波背景放射というものを精密に観測した結果などから算出されたものであり、非常に精度の高い数字であることに驚かされる。物理学を通してこのような事実を知るということは、知識を深め興味を満足させるだけではなく、自己の世界観を形成する上で役立つという側面があると感じている。つまり、この広大で悠久な宇宙の中において、地球または人類というものが実に取るに足らない些細な存在であるかもしれない。しかし、そうであればあるほど、ある一人の人間が周囲を認識したり自ら考えて行動できる力を持ってこの世に生まれてきたということは、奇跡的かつ類い稀なことであり、一人ひとりの人間が極めて貴重な存在であることがなおさら強調されるのである。私は精神科医であるので、受診される方に自殺の禁止を約束してもらうことがある。その際に、どうして自殺してはいけないのかと反駁されることもときにはある。そのようなときに、この世に生きていること自体がとても価値があることなのであると、確固とした信念を持ち答えることができる世界観である。
なお、本書は著者のホームページを書籍化したシリーズの第2弾であり、先行して出版された『趣味で物理学』には主に力学、電磁気学およびその応用が記されている。
『趣味で相対論』
著者 | 広江克彦 |
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出版社 | 理工図書株式会社 |
ISBNコード | 978-4-8446-0730-4 |
定価 | 本体2,000円+税 |