大滝 一
今回のお勧めは、2012年の「このミステリーがすごい!」で第1位となった『ジェノサイド』-GenoCide-です。タイトルを直訳すると「大量殺人」となります。その文庫本が出たのを契機に紹介させていただきます。この本は第145回直木賞の候補にも挙がり、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞などを受賞していて、かなり面白いです。
話は世界の3つの国を舞台にして進みます。
1つはアメリカ。大統領公邸やCIAが出てきますが、ここでの主役はアメリカ大統領。本書はこの大統領のけっして機嫌がいいとは言えない一日の朝から始まります。2つ目は内戦に揺れるコンゴ。バグダッド駐留中のアメリカ兵が、気乗りしないままコンゴにおける母国の極秘任務を引き受けることになります。そして3つ目は日本です。東京の薬学部大学院生で、ウイルス学教授の父を大動脈瘤の破裂で突然失ってしまいます。
もう少し説明しますと、大統領は世界の最高権力を握り、自己中心的で戦争に対しての罪悪感がなく、何においても自分とアメリカがこの世の最高と思っています。
アメリカ兵には有効な治療法がない稀な疾患に苦しむ一人息子がおり、余命が短いとわかっています。その高額な治療費に思案苦悩し、破格な報奨金が出るピグミー族と未知の生物抹殺というコンゴでの任務を全うすべく、必死で残酷な戦闘を繰り広げます。
あまり気の強くない薬学部の大学院生は、父が生前に残したメモと起動すらしない重要な資料が入っているらしいノートパソコン、それに500万円の口座とキャッシュカードを手にします。父の死後に立て続けに起こる理解不能の出来事にためらい、身を潜めます。
この3人がどうして結び付いてゆくのか…。
そこにコンゴに居住するピグミー族に生まれた特異な顔貌の3歳の子供が入りこんできます。この子供は現代人を遥かに超えた頭脳と予知能力を持っています。アメリカは、とある理由から未知の生物とピグミー族の抹殺をもくろみます。超頭脳の未知の生物はアメリカの極秘計画、スーパーコンピュータや衛星回線、核配備、ステルス戦闘機の弱点なども理解しています。自分を亡き者にしようとするアメリカに対して、仮想敵国として中国をちらつかせ、核戦争をも引き起こさせる能力と手立ても持ち合わせています。この子供がキーマンとなり、いろいろなところで意外な人物と事物がからみ話はテンポよく展開され、読む者の心はぐいぐいと引き込まれてゆきます。
最終的にアメリカは核戦争を起こすのか?
人類滅亡の危機は?
難病の子供の命は?
その難病に対する大学生の新薬開発は間に合うのか?
この物語の結論は読んでいただくとして、いろいろと考えさせられることが多い1冊です。
特に「人間の本質とはいかなるものか」ということを突き付けてきます。
本書のタイトルにもなっているように、書中登場する博士に「人類は“大量殺戮”を行うヒト」と定義させています。また「人間にとって他の集団に属している個体は、警戒すべき別種の存在なのだ」や「食欲と性欲が充ちたりた人間だけが平和を口にする。しかし一度飢餓状態に直面すれば、隠されていた本性が即座に露呈する」として、ヒトは「寡なければすなわち必ず争う」と書かれています。
そして戦争については「殺戮兵器の開発は敵をいかに遠ざけ、敵に対し、より簡単に大量の犠牲者を出すかに主眼が置かれてきた」とし、アメリカについては「銃器、砲弾、爆撃機、大陸間弾道ミサイル、これらがアメリカを支える基幹産業の一つになっている。だから戦争はなくならないのだ」とも言っています。皆さんはどう考えますか。
本書ではアメリカ大統領、兵士、大学院生、超頭脳を持ったピグミーの子供のそれぞれがそれぞれの立場で精一杯日々を生きています。ストーリーの展開もスリリングでとても面白いのですが、その奥に秘められた「ヒト」についての考察も見逃せない魅力となっているスケールの大きな作品です。
今の日本は少子化ですが、今後地球人が増えるのは確実です。食糧や水資源に関しては大いに懸念されるところです。
ハイテク機器による大きな戦争、地球規模の大災害、新たなる感染症、はたまた超新生人が現生人をジェノサイドするようなことはないのでしょうか?
本書の最後には「原生人類の65億という数は、大型哺乳類としては桁外れの繁栄と言えます。これは排他的な行為に対して、利他的な行為が上回った結果であり、悪よりも善の性向がわずかに上回り、辛うじて“助け合うヒト”としての面目を保っているのではないか」という表現があります。
今、地球上には複数の国に核兵器が存在します。大事なのは、これら兵器の多寡や性能がどうのこうのより、それを手にして使用決定権を握っている人間の人格であるということです。為政者に地球と人類の将来を見据えた人格と品格が備わっていることを願ってやみません。
『ジェノサイド』
<単行本>
著者 | 高野和明 |
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出版社 | 角川書店 |
定価 | 1,800円(税別) |
<文庫本>
出版社 | 角川書店 |
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定価 | 上巻600円 下巻640円 (上下巻ともに税別) |
(平成26年3月号)