黒田 兼
先日出張した際、列車に乗ったとたん人身事故のため遅れが予想されるとのアナウンス。おそらくは自殺であろうと考えた。この手の鉄道人身事故に関しては、正直「またか」くらいの感情である。ちょっと自分がいやになった。
鉄道自殺は大きな社会問題の1つとなっている。そこで近年鉄道会社が駅のホーム端や踏切へ青色灯の設置を進めてきた。青色灯には人間の気持ちを落ち着ける作用があるとされ、自殺を思いとどまらせる効果への期待がその背景にある。筆者らはある鉄道会社の2000~2010年のデータを用い、駅における青色灯設置に、どの程度の自殺防止効果があったのかを統計学的手法を用いて検証した。結論として青色灯の設置後には自殺者数が平均して約83%下落することが明らかになり、青色灯未設置の駅においては同様の減少は観察されなかった。このことは青色灯の自殺抑制効果を示しているという。
日本の年間の自殺者数は3万人。とかく自殺は個人の弱さなどと見られがちである。しかし、個々の背景を分析すると、失業や倒産あるいは連帯保証人問題などによる経済的困窮、またうつなどの疾患の背景にある社会経済問題などが浮かび上がってくる。この本では「個人の問題としての自殺」という見方を超えて、自殺とは「社会的あるいは経済的な背景やそのメカニズムの解明と、社会全体への介入を必要とする政策課題」であることをエビデンスに基づいて論じている。
要旨としては、まず1990年代後半に急増した日本における自殺者数は、1997~1998年にさらに急増し、1998年から14年間にわたり年間自殺者数が3万人を超え、さらには自殺者の若年化がみられること。そして経済危機や大規模な自然災害の発生後に自殺率が上昇する傾向にあることをあきらかにしている。次に、経済的困窮を和らげるような政策が実施された場合に自殺者が減少する可能性を示している。そして国や地方自治体による自殺予防対策が自殺件数や自殺率の抑制に一定の効果を与えた可能性があることを統計分析によって示している。
ただ、著者らが最も主張したいのは、「日本においては過去の対策についてエビデンスに基づきその効果を明らかにし、政策改善のための評価をすること、そしてその結果を対策担当者に紹介するための効果的な情報共有を行うことの両方が欠けている」という点であろう。
本書では厳密なエビデンスに基づいて自殺対策を立案・実施する必要性を強く示している。日本において、自殺対策の効果を厳密に評価する政策研究は少なく、その背景には、エビデンスの重要性に対する理解が浸透していないこと、そしてエビデンスの構築に必要な方法論に対する理解が不足していることがあるという。
今までにない切り口で自殺について語る、興味深い本である。
『自殺のない社会へ 経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ』
著者 | 澤田康幸・上田路子・松林哲也 |
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出版社 | 有斐閣 |
定価 | 2,300円+税 |
(平成26年7月号)