古泉 直也
『服部半蔵』は、徳川家康に仕えた“忍者で有名な”服部半蔵正成を中心にしたお話で(一)花の章、(二)草の章、(三)石の章、(四)木の章、(五)風の章、(六)波の章、(七)雲の章、(八)月の章、(九)炎の章、(十)空の章からなります。激しい剣戟時代劇のような熱血ものでもなく(ただし、著者は剣術への造詣のかなり深いらしいですが)、闇に訪れ闇に消える厳しいさだめの忍者の世界の悲哀を描いたとようなものでもありません。Amazonの“内容(「BOOK」データベースより)”を見返してみると、なにやら冒険活劇・長編歴史ロマンのようには書いてあります。
半蔵正成の服部家の家系はもともと謎が多く、半蔵正成に別系統のような服部(中)保正などの兄がいる系図が多いです。実は半蔵の父の半三は、三河で服部家の名門中服部/服部中の出自を僭称し“保”の通字の保長を名乗った(もしくは後世が勝手に半三保長としてしまった?)が、実際は“正”を通字とする別系統の出自の半三正種で、三代松平・徳川家に仕えて「半蔵門」の名で残る服部半蔵が有名になり伊賀衆を従えるようになってしまったので、名門中服部家の流れをくむような系図が出来上がったといわれています。でも半蔵の子孫はちゃんと“保”ではなく“正”を通字としています。このお話では、半蔵は弟ながら“煙りの末”で、実際の歴史ではあとからくっついたらしい服部一族の兄たちを差し置いて、他の伊賀衆百地党・藤林党の間で埋もれかかった伊賀の正統“千賀地”の当主として登場します。
“煙りの末”とは、伊賀の血統に生まれる、忍術なのか剣術なのかわからないもしかして能なのかもしれない、生まれつきの特殊な境地の者・能力者らしいのですが、何やら神出鬼没で「ぬらりひょん」のような不思議な存在です。
内容は、徳川家康の旗本・服部〈鬼〉半蔵がたまたま数代前が伊賀出身であったため、当然伊賀忍者を束ねていたという歴史の実像ではなく、徳川家康の暗黒面をつかさどる諜報担当・上忍服部半蔵という後世作られた虚像でもありません。家康に仕えているというような暑苦しさをあまり感じないすがすがしすぎる“煙りの末”バサラ髪の美少年半蔵が、一応伊賀衆百地党・藤林党とか勾当段蔵とかの他の忍者たちと戦ったりはするのですが、激動の時代の歴史を超然と、ただし上から鳥瞰するわけでもなく、歴史の生々しい現場をなぜかすぐそばで体感しながら、歴史の中を通り抜け・通り抜けられていくようなそんな透明感のある不思議な気分になるお話です。
読み終わった後でも、なんだか名残惜しく、もう少し後の歴史も半蔵と一緒に通り抜けてみたいな、という感じになってしまいます。ただし、二代目半蔵正就は実際の歴史では伊賀忍者たちにストライキを起こされたりして面白そうな話ではないようです。しかし、戸部新十郎の『徳川秀忠』に次の“煙りの末”らしい者が出てきますので、『服部半蔵』の続きが読みたい方にはお勧めです。
『服部半蔵』は、残念なことに以前からもう普通の本屋では売っていない本です。私は、古本屋で最初の数巻を見て買ってから、出張でどこかへ行くたびにそこの土地の古本屋を探して『服部半蔵』を見つけては、どの巻を持っているかなどにはこだわらず手当たり次第に買ったり、休日は新潟市のブックオフを梯子したりという生活を数年つづけていました。そんなある時いつもの行きつけの古本屋でふと上を見たら、戸棚の上に全巻まとめて売っていたのでびっくりした、というのがこの本です。今Amazonで戸部新十郎の『蜂須賀小六』が(二)までkindle化されているようで、次はこの『服部半蔵』かもしれません。楽しみに待ちましょう。
『服部半蔵』(一)~(十)
著者 | 戸部新十郎 |
---|---|
出版社 | 光文社時代小説文庫 |
(平成26年11月号)