浅井 忍
本書は、『このミステリーがすごい!! 2014年版』海外編の第1位に輝いた。タイトルは、ケネディ大統領が暗殺された日付である。2008年、主人公の高校教師ジェイクは、友人のアルから、過去の世界に行ってアルの悲願であるケネディ大統領暗殺の阻止を託される。アルは肺がんを患っていて、余命いくばくもないのである。オズワルドをどうにかすれば、ケネディは暗殺されないだろうとアルはいう。ケネディ司法長官も死なずに済んだかもしれない。ベトナム戦争もあそこまで泥沼化せずに終結したかもしれない。そうすれば、もっとまともな世の中になったはずだと、アルはジェイクに熱く語る。
アルは何回か過去に行き、オズワルドの動向をつぶさに調べノートにしたためていて、それをジェイクに渡す。しかし、果たしてオズワルドはケネディ暗殺の真犯人なのか。またオズワルドをどうにかしたら、バタフライ効果によってもっと悲惨なことが起きはしないのか、という不安がある。
本書は一人称で書かれているので、読者は主人公の目線を通して、およそ50年前の少しばかり原始的な良きアメリカの日常に触れるのである。
スティーヴン・キングは、モダン・ホラーの帝王あるいは巨匠と呼ばれている。おそらく現代人の不安や恐怖を書いたら、エンターテイメント性において、キングの右に出る者はいないだろう。それが証拠に、キングの作品を原作とする映画は、『キャリー』(1976年、99年、2013年)、『シャイニング』(1980年)、『スタンド・バイ・ミー』(1986年)、『ミザリー』(1990年)、『ショーシャンクの空に』(1994年)、『1408号室』(2007年)、これらのほかに30本以上あるのだから、キングの才能に脱帽せざるを得ない。
アメリカ発の小説や映画では、いい大人が汚い言葉をとっさのときに発したり喧嘩腰の会話で連発することがあるが、本書も例外ではない。幼児が「お尻」などといって笑い転げる様と変わりがないように思う。幼児期に卑猥な言葉を断固使わせない、愛していると抱きしめながら自立しなさいと突き放す、アメリカ流子育て法の副作用ではないのか。
キングは『書くことについて』(小学館文庫)のなかで、自らの作品について、汚い言葉を多く使っていることを認めている。公序良俗を盾に、彼の著作を不道徳図書として槍玉にあげようとする過激な良識派とやりあう覚悟があると書いている。キングいわく、小説の会話は普段使っている言葉を書くこと。ハンマーで誤って親指を叩いたら、誰だって「糞ったれ」というはずで、それはキリスト教徒であろうと異教徒であろうと変わらないという。私なら「痛え」とはいうが、多分「糞ったれ」とはいわないと思う。こうした屁理屈も、膝を打つ卓絶なフレーズも、ピンとこない比喩もうならせる比喩も、良識派の批判をものともしない姿勢もひっくるめて、キングの魅力だと思う。
それはともかく、ケネディが西側諸国の多くの人々にとって輝く星だった1963年、主人公はやがて惨劇が起こるかもしれないダラスの町で、著者がいう「反撃してくる頑固な過去」と格闘するのである。
『11/22/63(イチイチ ニニ ロクサン)』上下
著者 | スティーヴン・キング |
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訳 | 白石 朗 |
発行年月 | 2013年9月 |
出版社 | 文藝春秋 |
定価 | 各2,100円+税 |
(平成26年12月号)