大川 豊
私は戦記物を読むのが好きである。人間が生死をかけて、あるいは国家の命運をかけて戦うときのみ見られる急激な技術の進歩、それによって生み出される数々の兵器、戦術や戦略、外交的な駆け引きなどに興味を惹かれる。さらに国同士の戦争の場合は国民の思想や国民性まで見えてくるからおもしろい。国民性を端的に表すものの一つが軍隊なのである。
日本を取り囲む海は有史以来きわめて有効な「防衛力」となってきた。古くは中国の万里の長城、近代ではフランスのマジノ要塞など、大陸諸国が常に隣国の侵略に脅威を抱いて営々と大要塞を築き上げてきたことを考えれば、日本は海のおかげで敵を防ぐという苦労をほとんど経験してこなかったといえる。大和朝廷発足以来、千数百年の間に日本が侵攻されたのは「元寇」と呼ばれる蒙古襲来の時だけである。これも台風の直撃で自滅してしまったから海のご利益を得たことになるが、のちに「神風思想」が芽生え、まずい結果となった。
環境は人間に大きな影響を与える。日本人が粘り強さを要する受け身の持久戦が苦手で、「駄目なら花と散る」といった短絡思考に走りやすいのは、この地理的条件が大きく作用していると思われる。国土が天然の要塞だったおかげで日本人は攻撃のみを重んじ、防衛観念のほとんどない国民性を備えてしまった。従って日本陸海軍に十分な防衛思想は根づくはずはなく、「攻撃は最大の防御」を不変の鉄則とした。
日本の戦記物では、例えば「ハワイ作戦」とか「マレー作戦」など局面での、しかも侵攻作戦を題材としたものが多いが、本書は大正時代の準備期から実際の戦闘、そして終戦までの「防御戦」をノンフィクションで描いている。日本がいかに不十分な防御体制のまま無謀な戦争に突入していったか。航空機や対空砲の数、質の不足。搭乗員の養成体制の不備、レーダー技術の遅れなど、数え上げたらきりがない。その結果、ドーリットル隊に簡単に東京初空襲を許し、B-29爆撃機に対しては空対空特攻が唯一の対抗手段であったことなど、その戦闘の悲惨さは言うまでもない。
残念ながら、尖閣諸島や竹島など、百年近くも前に領土編入しておきながら何の「防衛策」も講じられなかったために問題となっている地域がある。さらには外国人が本土に上陸して日本人を拉致していく事件が起こるなど、現在でも大戦の経験が十分に生かされているとは言えない。これでは戦争で尊い犠牲となった方々の御霊もうかばれまい。
『本土防空戦』
著者 | 渡辺洋二 |
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出版社 | 朝日ソノラマ・戦記文庫 |
定価 | 950円(税別) |
(平成27年1月号)