田邊 朝子
私が大学に入学して卒業するまでの時期はちょうどバブルが膨らんではじける時期だった。クリスマス前に赤と緑のきれいな装丁の『ノルウェイの森』を手にした時は、そんな時代の流行の波にまんまと乗せられてしまっていた、と今はつくづく思う。なんとなく、流行に乗せられて読み始めたけれど、よく意味がわからないまま、大した印象も感想も持たずにそのまま本棚に飾られていた。というわけで、私は決して熱烈な村上春樹ファンと言うわけではない。
この本は音楽雑誌に書評が出ていたので、読み始めてみた。で、この本を読んでみると、話題にしている音楽を、まさにこの二人が聞いているレコードで聞いてみたくなって仕方がなくなった。なかなか手に入るものではないし、廃盤になっているものもあるのだろうな、と思ってあきらめていたら、この本の発売2年くらいして『小澤征爾さんと音楽について話をするで聴いたクラシック』というCDが発売された。この本を読んだ人は皆、同じようなことを考えていたのだろう。
村上春樹が小澤征爾にインタビューをするという形式をとってはいるものの、いわゆる対談本にとどまらず、音楽について語りながら、二人の人生観や魅力を存分に感じることのできる本になっている。そしていろんな音楽家たちの裏話。堅苦しくなく、興味深く、面白い話が次から次へと尽きることなくあふれ出てくる。
また小澤征爾もあとがきで「春樹さんの音楽好きは正気の範囲をはるかに超えて」おり、「よく識っている」と述べているが、世界的な指揮者と臆することなく話ができるだけの造詣の深さと、なお且つ音楽を生業としていない素人としての感覚を併せ持ち、この対談の物語としての完成度は、小説以上に醍醐味のあるものとなっているだろう。
最後に話は思いっきりそれて、この素晴らしい本からも離れて下世話な話になってしまうが、「お・も・て・な・し」の麗人とご子息との破局の原因は、お父上だったのだろうか?
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』
出版社 | 新潮社 |
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著者 | 小澤征爾×村上春樹 |
価格 | 1600円+税 |