高橋 美徳
『鹿の王』は、通信手段が伝書鳩だった頃、動物と人の距離が近かった時代の設定で書かれたファンタジー小説です。罹患すればほぼ死に至る未知のウイルス感染症から生き残った二人と感染症に立ち向かう医術師らの姿を描き、平易な言葉を巧妙に連ねて魅力ある大作に仕上げています。
遠い異世界の話かと思いきや、人として生きる、生かされる、治す、死ぬといった日常の普遍的な観念を読者に再認識させてくれます。
また、隙あらば攻撃をしかけ隣国を併合しようとする大国の姿や故郷の地を追われた辺境の民による報復は、現代の我々の身近で起こっている事々を想起させます。
地方に封じ込められていた致死率の高いウイルス病が、開発や侵略によって周囲に広く流行していく様は、エボラウイルス病やMERSコロナウイルス感染症のようです。3年の歳月をかけて、医師として活躍している従兄弟の協力もあってウイルス感染症と免疫に関して医学的に破綻のない作品になっており、今年5月には第4回日本医療小説大賞を受賞しています。日本医療小説大賞は「国民の医療や医療制度に対する興味を喚起する小説を顕彰することで、医療関係者と国民とのより良い信頼関係の構築を図り、日本の医療に対する国民の理解と共感を得ること及び、わが国の活字文化の推進に寄与すること」を目的に、日本医師会が2012年に創設しています。
タイトルの『鹿の王』の意味が物語の後半で明かされます。飛鹿(ピユイカ)の思いがけない生態と、個が全体を生かすために行う営みの描写に著者の人生観がにじみ出ています。愛する妻子を病気で失い抜け殻になってしまった主人公が、再び家族といえる人々と暮らしはじめ、彼等を守るために自らの命を投げうつ姿に人の運命を感じます。社会が存続するためには、長い争いは止め互いの変化を持って調和をなす事の大切さを教えてくれます。本作はファンタジーと医療が見事になじんで壮大な物語世界が構築されているとして2015年本屋大賞も受賞しています。
今回は電子書籍リーダーを購入して、本書を読みました。4ギガの容量で数千冊分のデータが保管でき、クラウド経由で共有され手持ちのいずれの端末でも続き読みができます。読みながらすぐに辞書が使えること、180グラムと小型軽量、サイズ調整で疲れない文字を選択できること、名作の無料ダウンロードサービスを便利に感じています。もしもリーダー本体が壊れても、書籍はクラウドに保管されているためすぐにダウンロードできます。紙をめくり進めるアナログ読書ももちろん魅力的ですが、電子書籍リーダー読書も体験してみてはいかがでしょうか。
『鹿の王』Kindle版 上下合本版
出版社 | 角川書店 |
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著者 | 上橋菜穂子(うえはし なほこ) |
価格 | 3,200円 |
参考 | 単行本 上下巻とも 各々1,728円(税込み) |
(平成27年7月号)