高橋 淑子
グルメ番組も下火になっていた折、NHK・Eテレで始まった『グレーテルのかまど』という趣向を凝らした番組を見かけ、毎回録画で見るようになった。これは、偉人や文豪が好んだお菓子、あるいは有名な映画に登場するお菓子、その土地に伝わる昔のお菓子などをその時代背景とともに紹介する番組である。
ある回で『米原万理のハルヴァ』が放送されると、米原さんを懐かしむとともに、ことさら食べ物に対するその探究心に心をひかれて、早速彼女の著書を読みはじめることにした。
そもそも私が米原万理さんを知るきっかけは、エリツィン元大統領がソ連最高会議議員時代に来日していた頃だったと記憶している。
当時、彼の随行通訳を務めていたのが、米原万理さんで、彼女はロシア語圏要人の同時通訳で活躍した。とても親しみのある容貌と同時通訳にありがちな型通りでない語り口が印象的であった。
『旅行者の朝食』は、美味しいものを目の前にすると、理性など吹っ飛んでしまうという筆者の食べ物に関する文をまとめた初めての著書である。
軽妙な表現とお人柄を連想させる楽しい会話から、全く未知な共産主義圏の文化・暮らしぶりの一片を知ることができる。また、独特の感性で『ちびくろさんぼ』のホットケーキやドラキュラの好物について言及したかと思えば、グリムやアンデルセンの童話集、あるいはロシア民話の中から我々も知っている話を題材としたネタが続く。その後の日本の昔話と食物のネタは少々蛇足気味だが、後半には、厳冬期のシベリアを一万キロ横断した経験を織り交ぜた話も飛びだし、興味深い。
ハルヴァは著書の中の「トルコの蜜飴の判図」に登場する。著者が小学校3年のときに食べた「ハルヴァ」に魅せられ、大人になってまた食べたいと執拗なまでに探究するのである。その過程が、まさに自分と重なり、ハルヴァを是が非でも手に入れたくなってくる。誰も知らない食べ物をテーマにする潔さとその中に読者を巻き込んでいく筆致が、秀逸だ。
あとがきという名の「筆者による言い訳」がまた愉快である。
この飽食の時代に生きていたら、きっと読者を納得させる言い訳をしながら、美味しいものを得意の早食いで頬張っていたに違いない。
追記:アテネに行かれる予定がありましたら、ぜひご一報ください。
真っ赤な地で金色の文字「XAJIBA」のハルヴァをお願いしたいです。
『旅行者の朝食』
出版社 | 文藝春秋 |
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著者 | 米原 万里 |
価格 | 本体1,524円+税 |
(平成27年8月号)