田澤 義人
普段読書をするとは言えない私に原稿依頼をいただき、どうしようかと考えていた。そこで本屋さんをブラリと歩いてみると、この本の主人公と目が合った。昨今のテニスブームの牽引者、錦織圭選手だ。私は学生時代にテニスを始めてからウン十年になるが、これほどのテニスブームは未だかつてなかったと思う。最近の彼の活躍は日頃ニュースでよく耳にする。彼が食べたいものに挙げた「ノドグロ」も人気が出たという。
さて、この本は錦織選手のブログ、そして彼をジュニア時代からずっと取材してきた秋山英宏さんの観戦記で構成されている。2010年から2015年までの各年を「復活」、「模索」、「成果」、「苦闘」、「変化」、「頂点」とタイトルをつけ、彼の歩みを辿っている。特に印象に残っているのは2010年の「復活」、そして2014年の「変化」である。
2010年の「復活」の時期、度重なる故障で自分のテニスができず苦しんでいた錦織選手。当時の彼はブログに自身のもどかしさを綴っているが、その内容についてマネージャーからは「悩みブログになってる」と言われたと書いている。ブログを書くことで頭の中で悩みを反芻するだけでなく、気持ちの整理になる部分があったのではないだろうか。トッププロであり続けるには、技術力、体力はもちろんのこと、精神力が大きな鍵を握っていると強く感じた章であった。
そして2013年のオフシーズンに新たにコーチに迎えたマイケル・チャン氏との出会いは彼のテニス人生の大きな転機になった。この“変化”が2014年に錦織選手が世界ランキングTOP10に入ったことにつながる。この年の全米オープン(テニスの四大大会の一つ)で準優勝するなど、毎日のように彼のニュースが流れる程大きな活躍を見せた。錦織選手は「2014年を漢字一文字で表すと?」と問われ“変”と述べている。まさに彼にとって“変化”の年となったのだ。
2014年10月、日本で開催される唯一のATPツアーである楽天ジャパン・オープンに出場。活躍が期待され大きなプレッシャーがあったであろう中、見事優勝を果たす。実はこの決勝戦を私は観戦していた。静まり返った緊張感あふれる中で試合が始まり、最後まで会場の緊張感は緩むことはなかった。優勝が決まった瞬間、それまで張りつめていた思いから解放されたのだろう。錦織選手はコートに仰向けに寝転んだ。そして目に涙を浮かべながらコーチ陣のところに駆け上がり、マイケル・チャン氏と力強くハグをした。この瞬間を今でもよく覚えているし、この場に立ち会えたことをとても嬉しく思う。
彼の文章から伝わってくるのは、人との“出会い”を大切にしていることだ。これが彼の人としての大きな魅力であり、強さの秘訣の一つでもあり、多くの人が彼を応援する理由だろう。
さて、ここまで思うままに書いてきた。錦織選手のブログは非常に素直な文章で、ブログを書いた当時の彼の心情がよく伝わってくる。この本を出版するにあたり、あえてブログは当時のままの文章を掲載したそうだ。またテニス選手としてだけではなく、一人の青年としての彼の魅力も伝わってくる。テニスについての秋山さんの解説があるため、テニスを知らない方にも読みやすいと思う。
ところで私は、新潟市医師会テニスクラブでテニスを楽しんでいる。興味を持った方、ぜひご連絡いただきたい。
『頂点への道』
出版社 | 文藝春秋 |
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著者 | 錦織圭/秋山英宏 |
価格 | 1,550円+税 |
(平成27年11月号)