加藤 俊幸
現役の医師で、医療を題材とする作家・久坂部 羊氏の2年ぶりの最新刊である。手塚治虫氏の母校である大阪大学医学部卒で、在宅訪問診療をしながら終末医療や高齢者医療をテーマとしてきたが、『悪医』で第3回日本医療小説大賞(2014年、日本医師会)を受賞されている。早期胃がんの術後に肝転移で再発したがん患者に、抗がん剤治療を繰り返した結果、もう治療法がないと告げるしかなくなった医者を描いた作品で、治らないものは治らない、害のある治療はしたくないという主治医は、患者の希望を消してしまう「悪医」のなのか。まさに自分のおかれた毎日の現実なのでラストまで興味深く読んだ。それ以来、次作を楽しみにしていたが、昨秋にはミステリーの『無痛』と『破裂』が相次いでTVドラマ化されて広く注目されている作家である。
その新作はがん治療をテーマとした長編で、がん家系の総理が、「凶悪化」するがん撲滅をめざす国家プロジェクト「G4」を発足させることから始まる。手術、抗がん剤、放射線治療、免疫療法の4分野の集学的治療をめざすもので、以前に実際に取り組んだ対がん10か年戦略を思い出す。本編ではそれぞれの分野における最先端の研究や技術に触れ、センチネル・リンパ節、ロボット手術、粒子線治療、ペプチドワクチンなどの最新情報に多くをさき、治療法や抗がん剤も実名なので医学雑誌を読んでいるようである。これらの進歩を実際の診療で実感している医療者としても、各分野が切磋琢磨し集学的治療が確立すれば、がん診療の未来も明るいと思える出だしで、実際に研究が進んでいることを裏付けるように、巻末には参考にした2004~2014年の朝日・読売新聞などの記事が列挙されている。
しかし、小説だから明るい未来に結びついてはくれない。本編では、結束すべき各グループの巨額の予算をめぐる先陣争いから、生き残りをかけて画策し陰謀をめぐらし、業者との癒着から教授や研究者をめぐる白い巨塔までが描かれている。実際の論文データ改ざんや腹腔鏡手術の事故、電磁波との関連まで盛り込まれている。がんが「凶悪化」するか判断は難しいが、進行の早さに差があって、予後が異なってくることを実感している。「凶悪化」したがんで有名人が亡くなり、早期発見されても10年も進行しないがんもある。「真がん・偽がん説」の放置療法までが、新聞記者と医療ジャーナリストの目を通して描かれている。そして登場人物たちが次々とがんと診断されたあとに、どのような治療を自ら選択するのか。モデルとなっている人物や事件を連想しながら、お読みいただくと面白さも倍増する。
『悪医』の主治医の苦悩に比べて『虚栄』では医療界から政界まで内容は広がっているが、その展開の中で医療界もマスコミも「虚栄」を張らずに、新しい治療法では見込から可能性以上の期待を持たせず、まだわからないことだらけであることを再認識する。それでも多くの医療者ががん患者のために闘っていることを伝えていく大切さも感じさせる。「あてにならない希望と辛いけれど本当のこと、どちらがいいですか」という問いに答えるように、最後に「〇〇の虚栄」と表現されている。
『悪医』ともに一読をおすすめする。
『虚栄』
著者 | 久坂部 羊 |
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出版社 | 角川書店 |
定価 | 1,836円+税 |
(平成28年3月号)