大滝 一
本誌の2013年2月号に、今回の『カエルの楽園』の著者である百田尚樹さんの『永遠の0』を紹介せていただきました。『永遠の0』は100万部の文庫本を売り上げ、文庫本として日本出版業界歴代13冊目の快挙とのことです。その後、百田さんは2013年に出光石油の創始者の出光佐三をモデルとした『海賊と呼ばれた男』で本屋大賞を取り、その際の彼の喜びの発言「直木賞なんかよりもはるかに素晴らしい、文学賞の中で最高の賞だ」が、良かれ悪しかれ、かなりの話題となりました。その他にも『夢を売る男』では出版業界の裏側を鋭く突き、『フォルトナの瞳』では男女間の愛と生命について深く掘り下げています。昨年には、百田さん自身が自らを「大方言者」と呼び、その思いを詰め込んだ『大方言』を新潮新書から出版しました。これまた大いに話題をふりまいています。
さて、今回紹介するのは、この2月に発刊された『カエルの楽園』です。この本に対しての評価は大きく二つに分かれそうです。私としては百田さんの意図するところに全面的に賛成とは言えませんが、表題も面白く、物語にぐいぐい引き込まれ、あっという間に一気読みしてしまいました。
内容を掻い摘んでみると、平和な国を求めて旅するアマガエルが、ついに安住の地“ナパージュ”にたどり着きます。ナパージュには体も小さく力も弱い善良なツチガエルたちが住んでいました。その国の周りには凶暴なウシガエルたちの国がありますが、ナパージュの蛙たちの多くは「三戒」が凶暴なウシガエルからナパージュを守ってくれていると思っています。「三戒」とは、一つ目は「カエルを信じろ」、二つ目が「カエルと争うな」、三つ目が「争うための力を持つな」という教えです。またこのナパージュの蛙たちは、祖先たちが、周りの国々に昔大変な悪さをしたという教育を受け、その罪を償うために「謝りソング」を歌いよく反省しています。この「三戒」と「謝りソング」、どこかの国によく似ていませんか。
ナパージュには後見人というべき絶大な力を持つ大きな鷲がいました。その鷲はウシガエルたちからも恐れられ、岩山の上から長い間睨みを利かせ、ウシガエルたちがナパージュを襲うのを実質的に防いでいたのです。そのような中で、今後のナパージュの平和を議論する元老会議が行われます。鷲がナパージュの平和にとって必要不可欠とする派、ナパージュの平和は「三戒」のお蔭とし鷲不要論を唱える派、この二つの派の間で国を二分する喧々諤々の激論と闘争が繰り返されます。その末に、今後の国の安全・安定には「三戒」があるので鷲は不要、との結論を出しました。そして、ついに鷲はナパージュから出ていくことになったのです。
さーて、その後です。ここからがクライマックスですが、これから先はどうぞご自身でお確かめください。
ナパージュという平和な国、それを囲むウシガエルなどの本来凶暴な国々、「三戒」「謝りソング」、岩山から睨みを利かせる鷲、どこの国のことかはすっかりお分かりと思います。
百田さんは著書という著書が全て大ヒットし、現代を代表する作家となっています。その一方では、毒舌家と評され、マスコミにたたかれて大分痛い目にあっているのも事実です。国の平和と安全のためには真に何が必要か、カエルの姿を借りて百田さんが訴えたかったことがひしひしと伝わってきます。思想的に相入れない方もおられると思いますが、いろいろな立場の考えを知るという意味でお読みいただくのもいいかもしれません。
日本では7月に参議院選挙も終わり、保守系が圧勝という結果でした。世界的にみると、心配されたリオデジャネイロオリンピックでは日本選手が大活躍し、大きな問題もなく終わりました。しかし、イギリスのEU離脱、南シナ海関連、頻発するテロ活動など不安定材料は沢山あります。日本にとっても大事なアメリカ大統領選挙戦はこれから佳境に入りますし、尖閣諸島では中国船の領海侵犯が頻回となっており大変懸念されるところです。世界が早い速度で大きく動く中で、安定政権となった日本はどこに向かい、これらの諸問題にどう対処するのかが注目されます。
本書は世界情勢、日本を囲む東アジア諸国やアメリカと日本との関係、さらには憲法、国防にまで踏み込んだ奥の深い名著です。賛否両論多々あると思いますが、まずは気楽に一読されることをお勧めします。深慮はその後でじっくりといきましょう。
<追記> ナパージュという国は「napaj」と綴るそうです。これは……
『カエルの楽園』
著者 | 百田尚樹 著 |
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出版社 | 新潮社 |
定価 | 1300円(税別) |
(平成28年9月号)