風間 隆
本書はマインドフルネスについて書かれたものである。最近、NHKや民放の番組で取り上げられる機会が多いので、この言葉を聞いたことがある方も多いことだろう。私がこれを初めて耳にしたのはNHKの『キラーストレス』という番組を視聴した時である。マインドフルネスに基づいた瞑想をすることがストレス解消に役立つというのだ。
実は、瞑想は過去にやっていたことある。大学受験浪人のとき、なかなか成績が伸びず精神的に少し不安定になった時期があった。予備校の帰りに、ふと立ち寄った本屋で見つけたのが、当時東京大学講師であった平井富雄氏が著した『自己催眠術』だった。そこで紹介されている瞑想をすると頭がすっきりし、心が落ち着いた。その効果が現れたのか、受験への不安が薄れ、よく眠れるようになり、さらに勉強により集中できるようになった。くよくよ考え込む性格なので、瞑想は現在の自分にもよいのではないかと思ったのが本書を読むきっかけである。
本書の最初に瞑想の具体的な方法がまとめられている。「理論はいらない。まず実践したい」という方はそこだけ読まれるとよいだろう。本編は物語形式で進行し、その中で順次マインドフルネスを理解ができるように解説が挿入されていて、それは平易な表現で理解しやすい。
マインドフルネスは原始仏教が起源であるといわれている。西洋人が東洋の思想や瞑想法を自分たち用にアレンジすることで、宗教的な部分を排除し実用面に注目したものである。その言葉の定義にはいくつかあるが、著者はマインドフルネスとは「脳と心を休ませるための技術群で、最も優れた休息の方法である」というのだ。マインドフルネスというと、その瞑想がよく取り上げられるが、それだけではない。生きていくうえで、仕事、人間関係、その他多くの場面で、悩み、葛藤、不安、後悔などが生じることは避けられないが、それらを考えたり思い悩むことにより、意識が常に過去や未来に向かい、「いまここ」にいない状態となる。そのような状態を避けて、意識を現在に向けるようにすることが必要であり、それを実践することがマインドフルネスである。例えば、食事のとき、考え事をしながら食べるのではなく、目の前の食べ物を観察し味わうことに集中すべきであるという。瞑想はマインドフルネスの状態を獲得し維持するためのトレーニングのひとつといえる。
最近の脳科学の進歩により、マインドフルネスにおける瞑想の効果を裏付けるデータが次々に報告されている。脳にあるデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)は意識的な活動をしていないときに働く脳のベースライン活動で、脳のアイドリング状態のことである。「心がさまよっているときに働く回路」でそのエネルギー消費量は脳の全エネルギー消費の60~80%を占める。意識的な作業をする場合、追加で必要なエネルギーは5%ほどであるという。ぼーとしているときの雑念や、くよくよ思い悩むことは、よりDMNを活発にし、脳を疲労させるらしい。マインドフルネスによる瞑想はDMNの活動を低下させるので、脳を休息させる効果が高いというのだ。
何十年ぶりに瞑想をやり始めた。方法は本書を参照していただきたい。自己催眠術では「ウデガオモタイ」と意識し、筋肉を弛緩させる瞑想法であるが、できるようになるのに1週間近くかかったと思う。それに対して、マインドフルネスにおける瞑想法では、呼吸を意識し、さらにラベリングという方法を併用することにより、初めてのひとでも比較的簡単にできるのではないだろうか。私は、朝の診療開始前と昼休みに5~10分程度ずつやっているが、実際にとても頭がスッキリする。昼休みの昼寝よりも短時間でより高い脳の疲労回復効果が得られる。
しかし、その効果は一時的に脳の疲れをとることだけに止まらない。驚いたことに長期にマインドフルネスを行っていると、脳の8つの部位の構造変化が起こる。それはストレスの捉え方そのものを変え、理性と感情がうまく調和する脳の状態をつくるというのだ。その結果、疲れにくい脳、ストレスに強い心になるという。その他にも、集中力の向上、感情調節力の向上、自己認識への変化(自己へのとらわれの減少、自己コントロールの向上)、免疫機能の改善などの可能性も指摘されている。マインドフルネスはこれからも続けていくつもりである。
『世界のエリートがやっている最高の休息法』
著者 | 久賀谷 亮 |
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出版社 | ダイヤモンド社 |
定価 | 1,500円(税込1,620円) |
(平成28年12月号)