眞山 徹二
この本の作者カレル・チャペック(1890年1月9日~1938年12月25日)は旧チェコスロバキアの作家、戯曲家、ジャーナリストで、『山椒魚戦争』が古典的SF小説作品として有名です。また「ロボット」という言葉を創った人でもあります。カレル・チャペックは、とても多趣味だったそうで、「絵を描き、写真を撮り、犬や猫を飼い、昆虫を飼育し、さらに植物について並外れた知識と経験をもつ園芸マニア」(巻頭から)でもあったそうです。この本は、「無類の園芸マニアであった作者が、季節による自然の動きと、園芸という人間のいとなみや心理を対置し、ユーモアと皮肉を交えて描写したエッセイ集です。」(訳者あとがきより)。1929年に初版で、わが国では、1959年に小松太郎氏によるドイツ語版からの訳が『園芸家12カ月』として単行本として出ており、すでに多くの方がお読みになっていると思います。私が読んだのは、2008年に飯島周氏により新しく翻訳されたもので、題名が『園芸家の一年』と変更されています。文字通り、園芸家の1年が1月から12月まで順序よく並べられ、その前後と中間に小エッセイが配されていて、とても楽しい読み物となっています。さらに全体に兄ヨゼフ・チャペックの挿し絵が入り、これもまたいっそう文章を楽しいものにしています。
「雨が降っていると、庭に雨がふっているんだなと、考える。日が照っていると、ただ照っているのでなく、庭に照っているんだと思う。夜になると、庭が休息しているのだな、と思ってうれしくなる。」
春の芽吹きに感動し、夏の雨に一喜一憂し、秋には隣人の庭が気になり、冬は居ても立っても居られなくなる園芸家です。旅行に行っているときでも、庭のことが心配になり、一年中庭の事で頭がいっぱいです。客人を庭に案内しているときでも、雑草を抜き始めたり、花苗を植え替えたりして、土の上を這いつくばってばかりです。誤って新しい芽を切ったり、土を耕すときに球根を傷つけたり、水やりホースに苦労したり、古今東西、今も昔も園芸やガーデニングの苦労は変わりないんだなあと、園芸好きなら思い当たることばかりでクスクスと笑ってしまいます。
「素人園芸家は花を育てる人間ではなく、土を育てる男である。」
土づくりも半端ありません。土壌改良するものが次から次へと、一部は大げさに、ユーモアも交えて出てきます。花苗の数も300種ほどでてきて、圧倒されます。それでも園芸家は自分の庭に、まだ花が足りないと思ってしまう。
私も小さな庭でガーデニングを趣味にしていますので、自分にも当てはまることが多くて、面白くて一気に読んでしまいました。12月の欄はまさにそうです。カタログ、雑誌以外にもウェブサイト、ブログなど魅力的な情報がたくさんある現代では、すぐに誘惑に負けてしまいます。
「わたしたち園芸家は、未来に対して生きている。バラが咲くと来年はもっとよく咲くだろうと考える。~」
このエッセイが書かれた時代は、ナチスが台頭していた時代でした。反ナチスであった作者は、ナチスから迫害を受ける過酷な時代を生きていました。素敵なイラストを描いた兄ヨゼフは強制収容所で亡くなっているそうです。このエッセイからは、園芸を通して、生きる喜び的なものも感じられます。
園芸家の心理と営みや、生命への賛歌を、卓越したユーモアで描いている肩の凝らないエッセイ集ですので、園芸好きの方も、そうでない方も、楽しく読めるお勧めの本です。
『園芸家の一年』
著者 | カレル・チャペック著/飯島 周訳 |
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出版社 | 恒文社 |
定価 | 1,400円 |
(平成29年1月号)