大滝 一
このところ新潟では、西区の高校生の自殺、さらには原発避難児童への「菌」発言と、何ともいたましく、悲しく、嬉しくない出来事が続き、全国ニュースでも報道されています。そのような中で読んだのが、タイトルが気になり何げなく手にしたこの『天国までの49日間』です。いじめが原因で自殺した女子中学生が主人公のフィクションです。
この作品は2010年に第5回日本ケータイ小説大賞を受賞した作品です。私は、正直なところケータイ小説は内容的に軽いのではと思っていたのですが、最近は書籍化されるものも多く、読書家の間に急速に浸透してきているようです。書店の棚のスペースも以前に比べ大分広くなっています。
さてこの物語ですが、主人公は自殺後に、白い学ランを着た超イケメン少年から、死後49日目に自分で天国と地獄のどちらに行くか決めるように言われ、それまでの49日間はこの世に魂を留め、自分の死後の世界の家族や友達の様子を見ることになります。
自分をいじめたメンバーに仕返しをと、そのメンバーの名前を記した遺書を残したのですが、置いた場所が悪く、遺書は風に飛ばされどこかに行ってしまいます。結局は誰にも読まれることなく、自分をいじめた少女たちに遺書を通して仕返しをするという自殺の最も大きな目的が果たせなくなります。
そこに現れたのが、生きている間は口もきいたことがない、強い霊感をもつ同級生の男子中学生で、この生徒はこの世に留まる霊と話ができる能力を持っています。あるきっかけから霊となった主人公はこの少年と話をするようになります。主人公は自殺後の家族や友達の様子を見て、死後に初めて気づいた人間としての大事なことを、この少年の言葉を通して皆に伝えるようになっていきます。
白い学ランのイケメン少年、霊感をもち霊と話ができる男子生徒、というと「なんだかねえ……」いった感じがしますが、文章のテンポはよくスイスイと読むことができます。
ただし、読み進めるにしたがい、文章は軽やかですが、気付かぬうちにじわじわと、いじめについて、そして人間について深く考えさせらるようになります。ケータイ小説、侮るなかれ!
ケータイ小説は、まさしく携帯電話で小説が読めるわけで大変便利です。私が中学生の40数年前は、電話というと家庭に1台の固定電話でしたので、だれにもはばかることなく思うままに電話を使うことはできませんでした。
携帯やスマホはネット接続も簡単で、写真や動画も撮ることができ、それらの情報を多くのメンバーで共有できすごく便利です。しかし、盛んにマスコミでも取り上げられているように、大変怖い一面を持っており、裏サイトを利用したいじめはなかなかなくならないようです。
はて、自分が中学生のころに今のような陰湿ないじめはあっただろうか?喧嘩はありました。私もどうしても気に入らない1学年上の先輩と取っ組み合いの喧嘩をしたことはありますが、いじめたことも、いじめられたこともありません。また、携帯やスマホはありませんでしたので、裏サイトで虐めることなどはあろうはずがありません。
私の中学ではいじめはなかったと思いますし、いじめという言葉すらほとんど聞いたことがなかったように思います。ただ、いたずらは沢山しました。
これはいたずらとは言えないかもしれませんが、美術の時間に写生をすることになり川原に行ったところ、産卵期で数多の魚が集まっており、写生の時間が魚採りの時間になってしまいました。給食の時間も過ぎ5時間目に魚を持って学校に帰ったところ、担任と校長にこっぴどく怒られました。当然です。あとは遅刻常習犯として、毎日のように廊下に立たされたり、若い女性教師の音楽の時間に、仲間の男子4人で先生の伴奏する教科書の曲ではなく、小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」を大声で歌い、その先生が泣きながら音楽室を走り出ていったこともあります。当然、罰が待っています。その昼の給食を職員室の校長先生の前で正座しながら食べさせられました。他にもいろいろありますが、きっとおおらかな時代の長閑な田舎だったのでしょう。
脱線してしまいました。話を戻します。
自殺した少女は、自分をちっとも可愛がっていないと思っていた父と母、反抗的な態度ばかりの妹が、自分の死後に大変な悲しみにくれていることにまず驚きます。さらに自分をいじめた女子中学生が、自分の自殺後に逆にいじめられるようになり、教室中がいじめの巣窟と化したことに深い悲しみを覚えます。
本書では、いじめは悪いこととはわかっていても、実際の場になると見て見ぬふり、学級担任も知らぬふり、事実関係がはっきりしないという学校、そのようないじめにまつわる社会のしくみや風潮についても触れています。
また前述したように、携帯やスマホの便利さを悪しき方向に利用したいじめをなくすことの難しさ、取りしまって何かをなくすと、また新たな何かが出てくること、便利な世界は実は大変厄介な世界でもある、ということにも言及しています。またいじめる側といじめられる側の生徒の心情の機微を掘り下げ、いじめの深層に迫っています。
そして最後に、主人公はすでに死んでしまっていますが、自殺したことを後悔し、生まれ変わったら二度と自殺しないと誓いをたてます。
タイトルが何となく気になり、何げなく手に取った軽そうなケータイ小説は、軽やかに読める何とも奥の深い一冊でした。
それにしてもいじめの問題は難しいし、今こうしている間もいじめがあると思うと、何とかならないものかと痛切に感じます。
この1冊は今年読んだ120冊目の本となります(12月10日現在)。年内にあと2、3冊はいけそうです。
『天国までの49日間』
著者 | 櫻井 千姫 |
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出版社 | スターツ出版文庫 |
定価 | 本体650円+税 |
(平成29年1月号)