穂苅 環
毎年発表を楽しみにされているミステリーファンの先生もおられるだろう。昨年の第15回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品(改編、改題)である。第4回の受賞以来ヒット作を連発し、一躍大ベストセラー作家になった海堂尊氏と同様、作者は医師である。
某病院で余命半年の宣告を受けた末期癌患者4人全員が、生命保険リビングニーズ特約の生前給付を受けた後に、完全寛解に至るという前代未聞の事件。もちろん保険給付には病院側2名の医師の診断、保険会社所属医師の査定もあって、不正はない。
ミステリーに「殺人事件」はつきものだが、これはいわば「活人事件?」といえる。がんを治し患者を救済するという大義名分に、病院の野望、不正な操作があり、研究者にも倫理に反した一途な思い、執念があって、真の医療とはかけ離れたトリックが構築されてしまう。ネタバレはできないので、事件の全容はぜひお読みください。
この話には親子の死別、不妊治療の顛末、恋人との別離など、随所に切なく辛い味付けがなされている。専門的医療ネタも織り込まれていて、医師ならではの作品といえよう。
作者の執筆動機には2つあるそうだ。1つはこの方法でのがん消滅トリックを研究者時代に思いつき、有名俳優に主役を想定し小説を書きたいと夢見たこと。もう1つは2人に1人ががんになる時代なのに、多くの人があまりがんのことを知らないこと。診断、手術はもちろん、抗がん剤開発、放射線治療の進歩で、長期間の延命も疼痛緩和も可能となっている。小説という形で情報を伝え、多くの人々に「がん=死」という固定概念を払拭してもらい、がん宣告を受けても、治療しながら仕事を続けられる社会になってほしいという作者の願いが垣間見えた。
小説家としてのデビュー作といえる1冊で大賞受賞とは、相当運もいいようだ。次回作の重圧は計り知れないが、素人にもわかりやすく、ドラマ原作にもなり得るような問題提起型医療小説を期待したい。
『「がん消滅の罠」完全寛解の謎』
著者 | 岩木一麻 |
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出版 | 宝島社 |
発行日 | 2017年1月12日 |
定価 | 本体1,380円+税 |
(平成29年6月号)