田村 紀子
「以前読んだ本の中で面白かったり、印象に残っている本、あるいはそれにまつわるエピソード等々を軽いタッチで一文に」という原稿依頼が届いた。本棚の前で頭を抱えた。私は、ほとんど小説は読まない。毎日外来で患者の話を聞いていると、短時間とは言え他人様の人生を垣間見ているわけで、一瞬ではあるが、患者の気持ちになって驚いたり悲しんだり、疑似体験をする。それだけで疲れてしまう。小説は、作者が工夫しながら読者をハラハラドキドキさせるように仕組んだ読み物だから、もっと疲れてしまいそう。と、どこかで無意識に自分を小説から遠ざけているのかも知れない。
前置きが長くなったが、最近読んだ本の中で、印象に残っているのは「日本語」について書かれた1冊である。最近はどのテレビをみても、同じようなお笑い芸人が出演している。浮き沈みの激しい業界で生き残っている人達だから、会話の反射神経も良く、フットワークも軽い。しかし言葉はきつく、ズケズケと相手をこき下ろす内容や、自虐ネタなどに時々嫌な気分になることがある。言葉は言霊とも言われるように、本来は慎重に発するべきものであろう。この本では、日常何気なく使われているいくつかの言葉の中で、その裏に隠された祖先の思いや知恵などを、掘り下げて解説してくれている。「前」をなぜ「まえ」というのか、あるいは「目」と「瞳」では、使う相手に対する話し手の心はどう違うのか。料理で使う「和える」と「混ぜる」の違いなど。また「いじらしい」という言葉は、実は3つの気持ちが合わさってできていて、英語に訳そうとするとニュアンスを伝えるのは非常に難しい、等々。
読み終わった後は、気持ちがほっこり、ゆったりした気分になった。そして日本語ってすごい!もっと大切に丁寧に使っていきたい、と思った。作者は「日本語は日本人の本質、先人の心が伝えられているものである」と述べている。日本語を改めて味わいたい方にお勧めの1冊である。
『日本の言葉の由来を愛おしむ~語源が伝える日本人の心~』
著者 | 高橋こうじ |
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出版 | 東邦出版 |
発行日 | 2017年2月19日 |
定価 | 本体1,400円+税 |
(平成29年8月号)