清水 不二雄
現勤務先の同僚でかつ本誌編集委員の松浦先生から当欄への寄稿依頼を受けました。何しろ臨床経験に乏しい私ですから、先生には日頃より大変な恩義を蒙っていますので断れる筈がありません。まずは紹介すべき対象に頭を悩ませました。中学2年時に国語の先生が乱読を奨めながら一ヶ月毎の読破書リストと感想文の提出を義務づけてくれたお蔭もあって、生家に揃えられていた日本・世界文学全集を読み漁りました。然し今更夏目漱石もトルストイも何となく気恥ずかしく、かといってこのところ数編読破した葉室麟の時代小説をわざわざご紹介するファイトもわかないままに、最後に候補として残ったのが細川宏先生の遺稿詩集『病者・花』と本書でした。医学教育に携わった私は自分自身の言葉で死生観をはじめ医学の奥深さについて語ることができずに、若くして癌で亡くなられた細川先生の詩を医学生や看護学生に紹介して、その一端を伝えようとしてきました。然し本欄の読者である先生方は日夜その重い問題に直面され続けておられるのです。私のお仕着せのもっともらしい注釈つきの紹介文そのものが余りにも空虚に響くに違いありません。そこで、本書です。私は実は2回痛風発作を体験しおまけに大のビール好きときています。そんな私にはうってつけの題材で、自らの実地体験に根ざした紹介文が書けること請け合いです。ビールの泡の消えないうちに本題に入ります。
著者の納先生は鹿児島大学第三内科教授で後に大学附属病院長も務められ痛風を専門分野の一つにしてこられました。今回あらためて検索して驚いたことには私が入手した2004年の初版から増刷を繰り返し10年後には改訂版が出版されていました。ビール好きの痛風患者ないし予備軍がこの題名に飛びついて購入し、救いを求めてむさぼるように読みふける有様が目に浮かびます。
第一章「専門家の私が痛風に」では、著者の痛風発作体験談と痛風発症要因、尿酸代謝に関して要領よく解説されています。著者は自らの右中足趾節関節腫大写真を掲載していますが、比較対照の目的で左足を並べて撮影されているところに著者の研究者としての資質が窺い知れます。章の最後に痛風患者の若年化傾向に触れ、不規則な食生活や受験・就活など強いストレスにさらされている若者の現実に警鐘が鳴らされています。
同年輩の私も同時期同部位に上京中のホテルで発症しました。その激痛とその後の学会会場や帰りの新幹線車内を裸足で過ごしたことを思い出します。著者のもうビールが飲めないのではないかという恐怖感も共有できました。
続く第二章は「アルコールをやめる必要はなし 敵はストレス!」との見出しから明らかなように本書の中核をなす章で自験例をふんだんに紹介しながら持論が展開されています。著者自身の種々の状況下での血液採取と尿酸値測定による根拠を示しながらアルコールと尿酸値の関係について論じ、著者が病院長就任後に体験した継続的な強いストレスをやり玉に挙げてストレスこそが元凶だと断罪しています。そして尿酸値を上昇させる三つの要因は①(過度の)アルコール ②ストレス ③体重増加であると明確に決めつけています。
ストレスといえば私自身にもそれ納得!のエピソードがあります。荒川正昭学長を支えるべく五十嵐・旭町両キャンパスから任じられた二人の副学長がほぼ同時期に痛風発作に見舞われたのです。当時は国立大学の独法化や日の丸事件など副学長レベルにもまさにストレスフルな事象に事欠きませんでした。荒川先生の慰労退任式を計画設定しておきながら当日発作のために動けず、急遽当日の進行代行をお願いせざるをえなかった荒川内閣閣僚たちから未だにその恨み節を聞かされています。荒川先生が医師として痛風発作時の身動きの辛さにご理解があったことが唯一の救いでした。
次章の「辛くない痛風治療とは」で最新の改訂治療指針と作用機序により二大別される飲み薬の具体例とが紹介されています。第四章は「合併症を防ぐには」です。腎障害(痛風腎)と腎結石を中心にここでも尿pH測定の自験例が誇り高く紹介されています。
第五章「無理のない日常生活の過ごし方」では、肥満、食事、運動、ストレスを取り上げ、具体的で実践可能な方法が推奨されています。特に痛風の食事療法の3大ポイントとして①プリン体より食事の量に気をつける②アルコールを飲みすぎない③水分を多目にとる、を挙げています。
「あとがき」は最後を飾るにふさわしく病気からもたらされたプラス面など著者の痛風との付き合いから得られた人生哲学が随所に読み取れて私には大変共感するところの多い含蓄に富む締めでした。
旧版と改訂版とを比較してみますと章の構成や各章の小見出しはほぼ同じですが20ページほど増えています。新登場の治療薬や治療ガイドラインの改訂に伴う内容増でしょうが、一番眼を惹く改訂は表紙の図柄ではないでしょうか。敢えて旧版も並列して紹介させて頂きましたので一目瞭然、あの忌まわしい痛風結節の悩ましさを強調した漫画から、適度の泡に覆われていかにも美味しそうな冷え冷えジョッキ一を満たすビールの表紙へ、ここに著者からの痛風結節の痛みに訣別して美味しいビールに乾杯!というメッセージが込められているように思われます。改訂版のあとがきの最後を著者は「皆さんも痛風とかかわりながら、人生を楽しんでいかれることを心より願っております。」と結んでいます。
ところで、なまじ著者がビール好きを自白していますので我田引水的結論ではなかろうかとつい疑心暗鬼にならざるを得ませんが、その心配を吹き飛ばすような涙ぐましい努力がなされています。著者自らが左手で右腕から“201回に及んだ怒涛の採血”を繰り返し、コンパクトなpH測定装置を入手してまで行った連続採尿624回の結果がグラフも交えて多数図示されているのです。また同時に4回分採血保存後、異なる日に異なる検査センターでそれぞれ測定して尿酸測定値の再現性が確認されています。加えてマススタディと銘打って医学部学生希望者、ゴルフ仲間ボランティアを募り運動や大量飲酒後の尿酸値の動態をグラフに示して著者のみの特異データではないことが立証されています。研究職が本業と自負する私も脱帽の念の入れようです。
私が発作後15年以上お世話になり続けてきた主治医は坂爪実先生で、私の新潟大学赴任後最初の「免疫学」を医学生として受講してくれた御縁もあります。酒席でご一緒するといつも困惑気味の微妙な表情で我がコップにビールを注いで下さいます。この敬愛する名医のお蔭で尿酸降下薬とビールを毎日飲みながら10年以上も痛風結節とは縁切りで安穏に過ごしてきました。ところがです。この原稿依頼、身内の入院騒ぎ、勤務先での諸々のストレスが生憎重なって本当に久しぶりに懐かしいあの局所のムズムズ感とびっこを引いた方が軽減する痛みを体験しました。本書で紹介されている「マイナー発作」でした。どうやら私はアルコール過多摂取への自戒と温泉浸かりなど精神的負荷克服とを促す非常に精巧で敏感無比なバイオセンサーを授かったように思われます。
以上、著者同様“無類のビール好き”の私ですが我田引水的内容にならないように気配りをしながら、本書こそは我が極楽とんぼ的生き様への応援歌ととらえて敢えてご紹介しました。
『痛風はビールを飲みながらでも治る!(改訂版)』
著者 | 納 光弘 |
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出版 | 小学館 |
発行日 | 2014年7月13日 |
定価 | 本体550円+税 |
(平成29年9月号)